顧客満足の複雑さ127「記憶に植えこむものは」
飲食店にしろ、宿泊施設にしろ、構成する要素はほぼ同じである。前者は料理とサービスと雰囲気。後者はこれに風呂施設が加わる。雰囲気は部屋と言い換えてもいい。それらのレベルで客単価が決まるわけだが、要素と客単価が見事にマッチングしていることもあれば、かなりの齟齬をきたし客の支持を失うこともある。やはり値付けは難しいマーケティング力による最終結果だ。それが、まず最初に値付けがあり、内容はあとから考えて、つじつまを合す、といった印象の店も結構目につく。
客単価一人3万円の店がテレビで紹介されていたが、料理を構成するのは、あわび、ウニ、マツタケ、和牛などの誰でも知っている高級食材の羅列オンパレードショーである。家賃も高いところなので、一日客2人でもいいから、客単価3万円ください、という思惑が見え見えの感がする。大体が新しい店で、これを売る、という目玉もなく、ただただ高級食材を提供するに終始する。何十年もその店の味を売ってきた老舗店とは比ぶべきも無い。新規参入大いに歓迎なのだが、やはりその店独自の技というか味で、そこそこの素材を使って1万円以下で提供する気迫をみせてほしい。
さて、宿泊施設となると、値付けは複雑化する。ポイントを握るのは雰囲気だろうか。カニやフグなどの特別食を提供する宿は例外として、料理で客単価を決めるのは難しい。多少豪華か否かの差異が見られるにしても、お腹に収められる量は限界があり、また記憶として料理は、記憶の優先順位の上席にはこない。つまりたいして覚えていない、ということだ。大体が会席風の想像の枠内に収まるパターン化された料理であって、もっと刺激的にあっと言わせる料理があってもいいと思うが、なかなかお目にかかれない。一方、風呂は記憶に残りやすい。眺望、広さ、自然との一体化etc、五感を刺激するに充分な役割を果たす。ある旅館で、風呂を海とのインフィニティ式に改造し、同時に客単価もあげたところ、それでも客数が1,5倍に増えたという。自身にしても、谷間に位置し周辺を山に囲まれた中での露天風呂の記憶は鮮やかに張り付いて消えることは無い。また是非、と思うが残念ながら機会を得られずにいる。また、北海道の海を遠く見張らせる、御影石のすっきりとした長方形の広い露天風呂も、フラッシュバックして映像が蘇る。豊かな自然を独り占めできるリゾート式施設は、一泊十万円でも予約が取りにくいと聞いた。つまり自分のワールドがどれだけ広がりを見せるかが、価値を左右するのだと思う。
人間の記憶に焼きつけるもの。もし風呂や環境に恵まれなくても、それを見つけなければならない。何に感動してもらうのかを見出し、創造し、磨き上げ、それを宝物にするのだ。旅行に行って帰りました。旅館に泊まりました。で、数日たてば忘れ去ってしまう。そのお客の脳裏に記憶に鮮やかに残るものを提供せずして、何の客単価だろう。いつでも蘇る楽しい・素晴らしい記憶。その中に自分の店が、旅館が入ることは、それほど難しいことではない。