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顧客満足の複雑さ169(自給体制の確立は急務)

      顧客満足の複雑さ169「自給体制の確立は急務」  

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

やはり新年のごあいさつとしては、ほかの文言がみつからない。乱れる世界情勢の中で、この言葉を発することができる国に生きていることに感謝したい。どうか今年はコロナの5類化への移行に伴い、平常な生活が戻りますように。そしてウクライナの人々が暖かい備えで、厳しい冬の生活を迎えられますように。 

さて、ウクライナ危機は周辺国のみならず、多くの国に危機意識を共有させた。日本でもウクライナ危機をきっかけに食料や肥料の多くを輸入に頼るリスクが表面化したという。笑わせないでほしい。食料の自給は、何かをきっかけにその重要性に気づくような問題ではない。国の根幹を支える最重要課題のひとつであり、平時から死に物狂いの政策・対策が必要なのに、具体的に何をしてきたのか。国民に“米を食べましょう“と呼びかければ、それで自給率があがると本気で思っているのかにわかには信じがたい。多分、有益な方策はわかっているのだろう。でも実施できていない。反対を恐れ、抵抗を恐れ、メディアを恐れ、これといった手を打てないままに、米を食べなくなった国民のせいにする?自給できているのは米飯だけで、他はオールアウトだ。大豆の自給率は全体で6%。食品用に限っていえば20%前後。大豆から豆腐、味噌、醤油が作られる。まさに日本の食卓には欠かせない大切な食材がわずか20%の自給率でまかなわれているのだ。ただジャガイモに関しては日本は健闘しているらしい。北海道での大規模生産が功を奏して、世界でも上位の生産額を誇っている。そういうことで、農業はもはや大規模化と機械化の両輪なくして、成り立たないということだ。 

一定の規模以上での農地に限って税の優遇措置が施されるべきで、あまりに小規模な農地は家庭菜園並みに扱うことで、生産可能土地の集約化を図らねばならない。零細農家を弱者扱いして助成し続けることが、日本の農業を発展させ得るだろうか。企業化による生産能力の向上や働く人の待遇改善を図る以外に、日本の食料自給率の向上は期待できない。経済的有利さで不足分は他国から買えばいい、で通用する時代は過ぎた。有事となればどの国も自国第一だ。他国に回すものは無いといわれれば、それで万事休す。半導体の国内回帰も極めて重要な政策であるが、食料自給率が無残に低い状態が、いかに国の脆弱化を如実に表しているかの危機感があまりに少ない。 

と、ここで新年の悪夢から目が覚めた。テレビはどの局も数時間もの録画番組を流し続け、NHKのBSで毎朝放送されていた海外ニュース速報もお休みだ。そうなのだ、ただのニュースなのだから、年末年始は社員は休暇を取らねばならない。で、思い出した。コロナ禍真っ最中のとき、民放テレビ局の社員が大宴会を催し、二階から女性が転落した不祥事を。それに関して上層部からの事情説明は聞いたことが無い。もしこれが政治家の集まりであったのなら、メディアからどんな罵詈雑言が聞けたことだろう。MCやコメンテーターたちの顔をゆがめての、罵りぶりを想像するだけで楽しい。            2023年1月1日 間島

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顧客満足の複雑さ168(食品偽装犯罪のスケール)

      顧客満足の複雑さ168「食品偽装犯罪のスケール」  

先日テレビで、フランスのドキュメント番組を放映していた。番組名は「偽装大国ヨーロッパ」。そういえば日本でも食品偽装が2013年に社会問題化したことがあった。大手ホテルを皮切りに出るわ出るわ、一流ホテルやレストランが軒並みに摘発された。主に産地や原材料の偽装で、バナメイエビを芝エビに、牛脂注入混合肉を牛肉に、ブラックタイガーを車エビに、カナダ産ボタンエビを北海道産に、即席パンを自家製パンに偽って販売した。全国各地で偽装が発覚し連日紙面をにぎわしたことが、まだ脳裏に新しい。その前の2007年には期限切れ商品の偽装が続発。製菓会社や伊勢の銘菓、洋菓子店など、消費期限や賞味期限の偽装が相次いだ。極めつけは、老舗料亭の産地偽装と客の食べ残し再提供事件だろうか。テレビで面白おかしく報道され、いささか気の毒に思えたほどの大騒ぎぶりではあった。その時点で各社各店大きなお灸をすえられたはずだが、のど元過ぎればで、またいつ起こっても不思議ではない犯罪の罠が、食品偽装にはある。 

で、「偽装大国ヨーロッパ」を興味深く観たのだが、そのスケールの大きさは驚愕ものだった。馬肉を牛肉に混ぜての偽装販売がアイルランドで見つかったのを皮切りに、シンガポール・香港でも発覚。この世界的規模の偽装はオランダが舞台で、1年で200万ユーロの取引が行われたという。またフランスではポーランド産の牛肉を材料として使用したハンバーグに偽装が発覚。安価なポーランド産牛肉には、病気で死んだ牛など質の悪い牛肉を加工して高く売るのが常態化していた。この会社の売り上げは2021年度で60億ユーロに達していた。低価格の偽装牛肉を全ヨーロッパに拠出していたのだ。イタリアではオリーブオイルの偽装が後を絶たず、質の悪いオイルがエキストラバージンオイルとして稼ぎ出す額は年間12億ユーロにのぼるという。偽装オイルのメーカーはゆうれい企業で、2年間の調査の結果、トルコから菜種油を輸入し、オリーブオイル製造時に混入させていたことが判明したらしい。

ユーロポール(欧州刑事警察機構)も手をこまねいているわけでもなく摘発に熱心だが、ヨーロッパの食品偽装にはマフィアも参入して大陸全体を相手に商売している上に、摘発されても食品偽装は刑罰が軽いので、まさにもぐらたたき状態だという。食品偽装は儲かるのだ。なんだか、日本の偽装事件がかわいく思えてきた。問題なのは健康被害をもたらすケースだろう。スペインで摘発された、マグロに硝酸塩を注入し赤くする偽装犯罪では、2017年に4000件の健康被害が出た。産地を偽ったものを食べても健康を害することはまず無いだろうが、偽装手口がエスカレートすると、危険性も増す。さてはて、どうすれば防御できるのか、答えは出にくい。食べてすぐにわかるようでは、偽装犯罪は成立しない。商取引は信頼が基本だ。その点でいえば、果樹園や農地から果実や農作物を大量に盗んで知らぬ顔で市場に販売する犯罪は、最も卑しい犯罪のひとつといえるだろう。そのスケールも大きくなっているのが気になる。 

2022年12月1日 間島

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顧客満足の複雑さ167(宿泊施設経営の複雑性)

      顧客満足の複雑さ167「宿泊施設経営の複雑性」  

Go To トラベルの再開は見送られたが、全国旅行支援が10月11日より実施された。宿泊は40%オフ(上限を交通付き宿泊で一人8千円、その他は5千円)とし、それにともなって一人平日3千円、休日は1千円の地域クーポンの配布を決定した。前回のGo To トラベルが高額施設優遇策ではないかと批判されたことを受け、今回は比較的低価格帯の施設に手厚い支援となっている。加えて、平日への旅行需要分散を狙ってクーポンを休日と平日に差をつけた。なかなかよく練られた支援策だと思う。さらに、支援を受けるには3回目のワクチン接種証明書かコロナ陰性証明が必要で、感染拡大を防ぐ手当がなされている。破格の優遇策だった前回と比較すると、堅実策に落ち着いた、ということか。それでも旅行関連業界にとっては、待ちに待った朗報となった。支援は12月下旬までではあるが、その間の旅行支出増加は4,464億円に達するとみられている。10月下旬に京都府北部を訪問したが、各観光スポットは他県ナンバーの車であふれていた。やはり人が動くことで経済は活況化する。泊まって食べて買ってくれるからだ。 

さて支援策のメイン対象となる宿泊施設だが、厳しい経営を強いられる業界ではあると思う。厳しいというより、手がかかると言い換えてもよい。飲食店であれば一定時に食事を提供することで完結する。勿論、そこには料理・価格・サービス・雰囲気への細かい戦略は必要だが、時間にすれば2時間前後までの勝負だ。一方宿泊施設は平均18時間前後、客をもてなすことになる。夕食、風呂、睡眠、朝食のすべてで客とかかわるという、複雑な対応をせまられる。自宅にいても手を取られる作業を代替しながら、なおかつその結果に満足してもらわなければならない。なんと多くの設備や備品、そして接遇が必要だろうか。ひと昔前と異なり、快適な自宅に住み、快適な睡眠環境で生活している人も多い。そんな人たちに満足してもらう設備を、どう提供すればよいのか。結局のところ、自宅より何らかの優れた魅力がひとつでもなければ、その施設の将来性は危うい、といわざるを得ない。自然環境なのか、特化した料理なのか、ラグジュアリーな部屋空間なのか、ゆったりとした温泉施設なのか、手厚い接客なのか。それらすべてを満たすのは至難の業だ。客は常に自宅と比較している。自宅では得難い環境を求めている。勿論、観光が目的なので施設は寝るだけで十分だという人もいるが、やはり日本人は非日常感のある宿泊施設にこだわる。どんな環境や料理、設備で客を満足させ得ているか、させ得たいか、そしてそれらの結果としての客単価を理路整然と組み立てていくことが求められる。そこには理工系の発想も必要になりそうだ。 

2022年11月1日 間島

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顧客満足の複雑さ166(介護事業の特殊性)

      顧客満足の複雑さ166「介護事業の特殊性」  

特養を含む介護事業所での、利用者に対する介護職員の虐待事件がある度に、この仕事の特殊性を痛感せざるを得ない。増え続ける利用者とあいまって、介護事業所の増設はとどまることを知らない。結果として、この業界は常に人手不足状態にある。要支援や要介護の人を世話するという重い職責にもかかわらず、資格がなくてもとりあえず働くことができる職場であるがゆえに、より良い条件を求めての出入りが多く、また肉体労働下で体を痛めて離職する人もいる。勿論、介護職員初任者研修を経て、介護福祉士やケアマネージャーへのステップアップへの道を堅実に歩む人もいるが、養成学校での研修を終えれば、だれでも介護職員として働くことができる。かつて自宅での母の介護で、ヘルパーさんにお世話になったが、個人の資質の差は大きかった。「この仕事は定年が無いのでその気なら何歳までも働けるし、だれでも出来る」と、かなり年配のヘルパーさんは言った。幸いにも真面目な人たちに恵まれ、トラブルはほとんど無かったが、中には、この仕事には向いていないのでは、と思う人がいたことも事実だ。それが前述の介護業務の特殊性だ。研修を受けて一通りの介護業務に日々携わることにさほどの困難性はないが、心に“奉仕”という軸を持たないであたると、利用者ともども不幸な結果を招いてしまう、ということだ。

福祉大学を出て、障がい者施設で長年にわたって働いている従妹がいる。とにかく穏やかで気が長い。日ごろよりあくせくしているわが身とは環境の差が違いすぎるゆえに、めったに会うこともないのだが、彼女の根底にある“優しさ”が生来の資質なのか、仕事で培われたものかわからない。でもその“気の長い優しさ”こそが障がい者にとって、安全と幸せをもたらす要なのだということはわかる。高齢者介護事業も同じことだ。

で、逃亡先の北海道で先日逮捕された虐待事件の加害者には、「穏やかな気の長さ」が決定的に欠けていた。50代の男性と聞く。介護の仕事に男女差も年齢差も無いのは当然のことながら、加害者は、本人にとって従事してはいけない仕事を選んでしまったのだ。被害者の腕をまるで木を折るように折り、頭を殴打して死に至らしめたという。かっとなって。その荒々しい気の短さを施設側は認識していなかったとしたら、従業員管理の責を問われて当然だし、もし認識していたとするなら同罪であろう。介護業務はだれでも今日からでも始められる。ただ一番の必須資質である“気の長さと優しさ”が無い人には、決して携わってほしくはない。今回の被害者である高齢女性がどのような人生を歩んできたのか知る由もないが、その無念はだれが引き受けられるのだろうか。

2022年10月1日  間島

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顧客満足の複雑さ165(コンセプトは立地と客単価)

      顧客満足の複雑さ165「コンセプトは立地と客単価」  

不動産業を含む、いわゆる対面客商売と称される事業をするにあたっては、立地は最も成否を左右する要素だとされている。1に立地、2に立地、3・4がなくて5に立地といわれるゆえんでもあるが、飲食店の場合は“1に立地、2に料理、3に接客”となるだろうか。ただ、そのすべてが良い条件下にあるのがベスト、の意味でもなく、店のコンセプトにいかにマッチしているか否かが成否を決める、ということだ。広々とした景観を望めるゆとりのあるレストランを目標とするなら駅前立地は向かないし、客が袖すりあう狭くてもアットホームな居酒屋を目指すときに都心から遠い郊外では成功度は低くなる。いずれにしても立地が店を磨く要となることは確かで、立地如何で客層がほぼ決まってくるのは避けがたい事実だからだ。

都心の駅近での飲食商売は、やはり大きな儲けを生む可能性は高い。かなり広い商圏内でのビジネスパーソンを取り込むことができる上に、日常使用というリピート率の高さも期待できるからだ。一方、郊外型飲食店はヘビーユーザーが見込めないというわけでもないが、客層が幅広いがゆえの客が醸し出す一体感に欠けるという宿命がある。いずれにしてもそれぞれの立地がオーナーのコンセプトに合っていればよいわけで、逆に立地がその店を磨いていくことも十分にあり得る。やはり“1に立地、2に立地、3,4が無くて5に立地“は、対面客商売の指針として生き続けているのは確かなようだ。コロナ禍でのオンライン化は、場所を選ばない、つまり立地を選ばないビジネスの可能性を広めたが、その場で料理・雰囲気・会話を楽しめる飲食店の魅力の本髄を変えることはできなかった。

さて、飲食店開店にあたって、自分のコンセプトに添える立地を選べる幸運に恵まれた場合、その後の成功度はかなり高まる。コンセプトとは「客単価をどの程度に設定するか」であって、それによって他のすべてのランクが決まってくる。つまり立地はコンセプトのハード面、客単価はコンセプトのソフト面を担う、ということになる。そのポイントを認識せずに、飲食店を開店する人が多いのが現実で、結果として、開店して一年後には30%が廃業し、2年後には約半分しか残っていない状態になってしまう。もちろん閉店にいたる過程は様々ではあるが、要は売上が目標に足らないのが最も多い理由だ。つまりコンセプトにあった総合的な店づくりが出来ていなかったということに尽きる。経験上からだが、飲食店(レストラン)開店にあたって、仰々しく華やかな開店を演出した店があっという間に閉店したという事例は多くある。逆に静かにひそやかに開店して後、じわりじわりと顧客を増やしていき、押しも押されぬ名店に育ったという飲食店もある。華々しい開店は一時的に客を集めるが、接客や料理の不備によって、またコンセプトの不統一によって、リピート客を減らしていく。逆に少しずつでも顧客を増やすための努力を重ねれば、リピート客が店を支えてくれる。飲食店激戦区で、5年、10年と営業を続けている店は、皆、見事にコンセプトの統一感があるものだ。                 2022年9月1日  間島

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顧客満足の複雑さ164(養殖事業への挑戦)

      顧客満足の複雑さ164「養殖事業への挑戦」  

テレビのワイドショーや、お笑芸人が主流のいわゆる仲間内冗談連発バラエティー番組を見なくなって久しいが、一般人取材を中心に構成された番組には、興味を惹かれるものもある。そこには、受け狙いのあざとさが無く、日常生活への真摯な姿勢をかいまみることができるからだ。そんな番組の中で、日本の漁港を回り、局ディレクターが、漁師さんに”おいしい魚を食べさせてもらう“という、ある意味、厚かましい番組がある。漁師さんたちのサービス精神に助けられて、おいしい魚にありつける確率は非常に高い。皆、親切で優しい。ただ、漁港によって、規模や漁獲量の差異が大きいと感じることが多い。盛んな漁港はやはり元気さが違う。              

そこで日本の漁業生産量が気になった。1984年の漁業生産量1282万トンをピークとして年々減少し、2016年には436万トンと3分の1にまで減少している。その後は海洋状況によって微増または微減を繰り返す、といった状況か。その結果、当然に輸入量が増え、2016年には44%を輸入に頼っている。1960年代は113%の自給率で日本は魚介類の輸出国だったのにもかかわらずだ。最大の要因は国内外を含む乱獲による資源量の減少で、他国も危機感をつのらせ、イギリスやカナダでは大規模漁獲制限を設けている。その点では日本はまだまだ消極的ではある。世界の漁業消費量は増大を続け、今や争奪戦が始まろうとしている中、自給率をあげる大切さは自明の理でもある。求められるべき政策の要は養殖漁業拡大への転換だ。現在、漁業生産量の20%強が養殖関連生産になっている。魚種によっては養殖の占める割合が自然漁業より高いものも多い。真鯛では81%、クロマグロは61%、ブリ・ハマチ種で57%が養殖もので、トラフグやヒラメ、シマアジなどが続く。また、牡蠣はご存知、養殖が主体で広島県が60%以上の水揚げを誇っているが、漁業全体の活性化を目指すには、ほど遠いのが現状ではある。農林水産省の思い切った政策は期待できそうにない。

そこに朗報が入ってきた。魚介類の育成を陸上施設で行う「陸上養殖」に異業種からの参入が相次いでいるという。関西電力がエビの陸上養殖に取り組んでいることは以前にも書いたが、いよいよエビの飼育が始まるらしい。年間80トンの生産を見込む。他、三菱商事がサーモン養殖、日揮HDがサバの養殖、JR西日本がカワハギ養殖など、それぞれが自社のIT技術を生かしての挑戦だ。陸上養殖は飼育管理がしやすいため生産性の向上がのぞめるのに加え、人が行うのは軽作業で済むので人材確保もしやすい。まだまだ試行錯誤は続くだろうが、市場拡大に多いに期待したい。近未来には漁業そのものの形態が変化していくかもしれない。

2022年8月1日  間島

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顧客満足の複雑さ163(価値を認識する)

      顧客満足の複雑さ163「価値を認識する」  

ほんの身近な些事ではあるが、自分にぴったりとくる歯ブラシを見つけるのはなかなか難しいものだ。で、いろいろと試して、ベターな状況で妥協している。そんな中、昨年訪れた宮城県の老舗旅館から未使用のままに持ち帰った歯ブラシを使ってみて驚いた。ブラシの固さ、密集具合が何とも使い勝手が良く、二週間使用してもどこもへたらない。ビジネスホテルで同じく未使用のままに持ち帰る歯ブラシは、二度ほどの使用でブラシ部分が無残にへたってしまってゴミ箱行きになる。この違いに、老舗旅館の矜持を見た思いがした。歯ブラシひとつに厳選された目利きがあり、誇りがある。この誠意を今さらながら、受け止めさせていただいた。宿泊価格が高いから当然だ、とは思わない。価格の重みを提供側が真摯にとらえていて、すべてに手を抜かないということだろう。たかが歯ブラシ、されど歯ブラシだ。 

さて、能力という面からいうと、各分野で活躍している人だけに限らず、すべての人が独自のすぐれた力を有しているともいえるが、常人にはできない善行を地道に続けている人もいる。軽めの時代劇俳優とばかり思っていた人物が、長年にわたりアジアの孤児や障がい者の支援を続けていると知り、驚いたことがある。ただただ頭が下がる。それを売名行為だ、偽善だという向きもあるが、言わせておけばいい。いつの世にも、やっかみ者はいる。人気の高い世界的なアスリートをこきおろす人もいる。その人がどれだけの過酷な練習を積み重ねて栄光を手にしたのか、の想像力もない。これもほっておけばいい。そのアスリートは10年以上も東日本大震災で被害を受けた地域・人々に寄付を続けていると聞く。悪事はいずれバレる、というが善行も本人が望まないのにバレてしまうものなのだ。だから善行を知ったときには、第三者は黙ってこうべを垂れればよいだけのことだ。 

ここにきて、インバウンド期待がにわかに高まりだしたが、テレビはいまだにインバウンド客減少の恨み節を流し続ける。売り上げが半減したままで青息吐息状態のホテルや観光地・街の盛り場の店を取り上げる。コロナ禍にあって売上拡大・笑いが止まらない企業や会社は取り上げることも無い。メディアほど不幸や不満が好きな業界も無いだろう。そもそもインバウンドが急激に伸び出してから10年にも満たない。2015年から急増して、2020年をピークとした場合、たかだか5年間強の享受に過ぎないのだ。それまでどのような営業をしていたのか、利益はどの程度であったのか、の掘り下げもなく、インバウンドの復活を願うだけの報道姿勢が目に付く。ある番組で、“国内客の旅行や飲食は富の分配だが、インバウンドのそれは富の増加なので、結果の値打ちが違う“といった発言を、聞いた。一瞬、旨いことを言う、と感心したが、大きな勘違いがある。富の分配そのものがスムーズに機能していない上に、分配できる富のボリュームが人口のわりに低いという現実が忘れ去られている。政治や行政に、真に国内需要を増やす政策立案の力が無いのだ。一部の業界重視等の政策は旅行分野においても見られるが、全体の需要喚起とそれに伴う富の分配まで考慮した政策はいまのところ見えてこない。

2022年7月1日  間島

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顧客満足の複雑さ162(日本人観光客を満足させよ)

   顧客満足の複雑さ162「日本人観光客を満足させよ」 

政府は、6月10日からの訪日観光客の受け入れ再開を表明した。コロナ感染拡大を防ぐため、当面は旅程を管理しやすい添乗員同行のパッケージツアーに限定するという。併せて、国際線発着を新千歳と那覇の両空港でも再開し、全体で7空港が訪日観光客の窓口となる。2年ぶりとなる解禁は、関係各社ならびに各観光地にとって、待ちに待った朗報となりそうだ。海外観光客の解禁は世界的な傾向でもあり、日本も調整をとったということだろう。

訪日観光客数の推移をみると“消滅”という言葉が似合いそうな状況ではあった。2019年に最高の3,188万人を記録したが、翌2020年は約412万人と87%の減少となり、2021年は24,6万人でまさに“消滅”した。一方、国内観光客数は、2019年の延べ5億8600万人に対して、2020年は2億9000万人と約半減となった。しかし海外観光客が“消滅”した2021年は2億6700万人とコロナ禍にあって健闘している。消費額も2019年の21兆9000万円にははるかに及ばないが、9兆円の内需をもたらした。この時期、大阪心斎橋・京都中心部を見たので、この数値は納得できる。日本人観光客がゆったりと楽しむ姿があった。訪日観光客の増加は経済的な効果と共に、日本という国を知ってもらう絶好の機会でもあるので大いに期待するところではあるが、今後は良い意味で国内観光客とのすみわけが欲しいところだ。

フランスではコロナ禍にあって、政府の国内観光奨励対策によって2021年の各地方の観光客受け入れは2019年並みにV字回復したという。一方、首都圏であるパリは無残な状態が続く。訪日観光客が全国に散らばる日本と微妙に異なる傾向だと思う。東京・大阪・京都は世界的にみて魅力的な観光地だが、各県もそれぞれ至宝ともいえる観光スポットを持っている。交通の便も良い。ただ受け入れ側が観光客に満足してもらう真摯な対応を徹底しているかといえば、疑問だ。ぼったくりの観光地、醜悪な見世物的な施設、魅力が全くない道の駅、etc、実際に経験したので間違いはない。日本人観光客をも満足させ得ないところは多い。訪日観光客の増加を期待するより前に、目の確かな自国の観光客を満足させてこそ、内需消費の恩恵を安定して受けられるだろう。                       2022年6月3日 間島

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顧客満足の複雑さ161(生活シーンの変化)

      顧客満足の複雑さ161「生活シーンの変化」 

 コロナ禍は、人々の生活に少なからぬ変化をもたらしている。行動制限がかかると、交友関係においてはてきめんに会食機会は減るし、解除になっても以前のようなわけにもいかない。自分に照らし合わせても、総勢20名ほどが常に集った月例飲み会は、この2年間休会のままだし、年に一回参加していた同窓女子会も同様に休止状態で、どちらも再開の兆しはない。一方、2名から4名前後までの会食は、緊急事態宣言下を除けば、感染予防策を遵守しつつ、適時楽しませてもらっている。街に出れば予想外の人の多さにたじろぐことも多くなった。そろそろウィズコロナが定着しつつあるのかもしれないが、世界的なコロナ蔓延は、普通の日常生活がいとも簡単にくつがえされる現実を知らしめてくれた。しかし、それ以上に衝撃だったのは、ロシアによるウクライナへの侵略で、一般庶民が住む家屋が一方的に爆撃されるという信じがたい光景に震撼した人も多いだろう。この侵略はロシア次第ではウクライナ戦にとどまらず、他国への攻撃に飛び火しないとも限らない。狂気は、その行動に何とでも理屈を付けられるもので、それだからこそ、狂気なのだ。日本もこころして、備えなければならない時期にきているのではないだろうか。話し合いが通じるのは、ほぼ価値観を共有できる同レベル同士間でこそ可能であるということだ。 

さて今、食材などのお取り寄せが人気らしい。色々な媒体で魅力的な広告を見る機会が増えた。簡単には手が出ない価格付けの食材も多い。外に回るべき消費が自宅で楽しむ目的に費やされている。高級レストランも自宅用の料理宅配に参入することで売り上げを確保しているという。食材メーカーや原産元もターゲットを個人にシフトして、外食企業向けの売り上げ減少をカバーするのに躍起となっている。ただ、各既存メーカーが販売する冷凍食品の品揃えは、今のところあまり変化が無い。製造販売に時間がかかるとはいえ、そろそろ画期的な冷凍食品が登場してもよい。四国発・加ト吉の冷凍うどんの登場が驚きを持って受け入れられた時代を思い出す。生食をしのぐ食感と味の良さはまさに革命的だった。それ以来、冷凍うどん以上のヒット商品を待っているが、まだ無い。ピザやお好み焼、唐揚げetc種類は増えたものの、個人的感想では生食のレベルを超えてはいない。技術なのか素材なのか価格の問題なのか。いずれにしても冷凍食品は未来に向けてオールマイティ的要素を備える食材として繁栄するべきで、各メーカーに期待したい。

様々な生活シーンの発想転換をうながして、コロナ禍はどこに着地していくのだろう。そして世界はどう変化していくのだろう。歴史は繰り返してほしくは無い。

2022年5月1日  間島

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顧客満足の複雑さ160(介護サービスのレベル)

     顧客満足の複雑さ160「介護サービスのレベル」 

 同居する母が老齢になり、様々な介護サービスを受けるようになって久しい。おかげで介護度による保険適用上限額や、サービス内容の種類、自費負担内容に関しての基本的ラインは少々詳しくなったが、その知識が、いざ自分の時にどれだけ役に立つかといえば、疑問符がつく。果たして、現行のサービス体制が、団塊の世代の利用を迎えてもなお持続できるのか、多分誰も明確な答えは出せないと思う。すでに発足から何回ものサービス内容の変更が重ねられ、その都度利用者の負担は増している。将来どうなっていくのか分からない。それほど、介護サービスは綱渡りのシステムの元で運営されている。 

投入されている税金の多さもさることながら、この介護サービスは人的能力レベル如何で異なったものになるということの危うさを含んでいる。数多くの介護事業所があるが、経営者の理念や働く人たちの意識の違いが、その事業所のレベルに影響する。勿論、病院でも人の影響は大きく、それが肌に合うか合わないかで、快適度や信頼度は異なってくるが、医術を施すという点ではどこも一致している。しかし介護サービス事業所は病院ではない。老人ホームにも通じるが、あくまでサービスの提供なのであって、病気を治療する大目的は有する必要は無い。そこのところを勘違いしている事業所も少なからずあるところが、厄介なのだ。 

例をあげれば、食事内容の考え方にしても、利用者の好みに出来るだけ添ったものを提供する努力を見せているところがあるかと思えば、まるで病院食のように栄養と経費だけを重視しているところもある。娯楽提供も、おざなりなところと、利用者に楽しんでもらおうと熱心に励んでいるところがある。衛生管理も手抜きがみえみえのところと、徹底しているところの違いは大きい。雨後の筍のように増えていく介護サービス事業所だが、今後益々、レベル差は大きくなるだろう。当然に、顧客満足度の充実が集客に及ぼす影響は看過できなくなるはずだが、利用者の属性を考えると、利用者の満足の判断力が適切に及ぶのも難しい。となると、外部による定期的なチェックシステムが必要となる。行政が行うのか、依頼された専門会社が行うのか、いずれにしても、介護事業は、巨額の医療保険が投入されているのだ。そのレベル維持に関してのチェック機能が行政に強く求められる。

               2022年4月1日  間島

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