顧客満足の複雑さ195「機械化によって失うものの大きさ」
レストランの席についたとたんに「ご注文はこのQRコードからどうぞ」と指示?された。それを聞いた同行3名のうんざり顔もさることながら、堂々と店側のシステムを客側に強いて負担を増やすという行為が徐々に浸透している現状に驚く。その店は確かに、ボリュームがあってまずまずのリーズナブル価格という若者が喜びそうなイタリアンレストランではあるが、場所柄と雰囲気からみても落ち着きのある店で値の張るコース料理も何種類かあり、年配者も結構多かろうにと、QRコードからのオーダー制に多少の違和感を持った。そのシステムはすでに経験済みだが、同席のだれかに役目が集中し、そしてだれもがその役目を嫌がる。当然だろう。同席客が多ければ多いほど、その人が携帯電話とにらめっこして、人差し指を駆使するはめになる。気の毒に思うが、誰もその役目を担いたがらない。各自がそれぞれ自分の携帯電話から注文すればよいのかもしれないが、その景色というのもなかなかシュールすぎて、とてもではないが、ゆっくりと会食を楽しむ雰囲気にはならない。
不思議で仕方がない。客とのコミュニケーションチャンスを何故、取り逃がしてしまうのかと。オーダー受けはスタッフと客との最初の接点であり、信頼関係の構築に大きな力を発する。さりげなく本日のおすすめを進言したり、量的なアドバイスも含め、客にとっての最適なメニュー作りに加担するという、重要な役割がオーダー受けなのだ。メニュー名だけでは内容がわかりにくい料理もある。ボリュームはどうなのか、何人くらいでシェアできるのか、味の特徴は?とかを客に伝えて、うまく店側の望むべき方向に誘導するのが、オーダー受けの醍醐味なのであって、それを放棄するとは誠にもったいない商法だと思う。結局、携帯電話からのオーダー受けは、人力の欠如の結果なのだ。アルバイト中心で常に人手不足のなか、教育する手間も時間もない、という現状が機械化を促進せざるを得ないのだろう。その点、厨房とフロアを夫婦や家族で切り盛りしている店は、QRコードからどうぞ、はまず無い。どんな料理を夫(妻)が作っているのか熟知している妻(夫)は、客に対して堂々とおすすめ料理を進言できるし、コミュニケーション力がどれほど店の売り上げに貢献できるかを知っている。
その昔、神戸で評判のヌーベルシノワ(新中華)のレストランを数名で訪問したことがある。メニューブックにはコースメニューが無かったが、フロアを受け持つマダムによって各客の嗜好やボリュームバランスを取り入れた魅力的なコースが即興で組み立てられた。もう客は生徒であった。後にも先にも、そのような店に出会ったことはない。あれは夢だったのか、と思うほどに見事なフロアサービスだった。
2025年3月1日 間島