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 顧客満足の複雑さ135「利用者側に立ったシミュレーションを 」

    顧客満足の複雑さ135「利用者側に立ったシミュレーションを」

先の見通しが立たない状態というのは、健康にも悪い。それがコロナウイルス感染騒動だろう。世界で感染が広がる中、英国船籍、米国運営会社のクルーズ船をめぐる日本の対応への批判などを言っている場合か、といささかしらけてしまうが、ここにきてかすかな光がみえてきた。新型インフルエンザ治療薬アビガン」の患者への投与を始めたと厚労省が発表した。新型コロナウイルスのような「RNAウイルス」の増殖を抑える効果が期待できるという。富士フイルムが開発したらしい。ほとんどの人が免疫を持たない新型インフルエンザの発生に備えて約200万人分が備蓄されている。実際に効果があるかどうかは確定できないが、朗報には違いない。服用の結果、重症化を防ぐ効果が確認されれば、まずは大きな関門を突破できる。世界に貢献できることを祈りたい。 

さて、先般、同エリアで二か所の宿泊施設を利用する機会があったが、宿泊費は二倍近くの差異があった。片やビジネスホテル系、一方はシティホテル系といったところか。いずれもツインタイプで寝心地は遜色がない。寝具、パジャマ、ベッドの広さにこれといった違いは無い。大きく異なるのは水回りだった。ビジネス系は言わずもがなオールインタイプで、シティ系は洗面台とトイレ、浴室の三種がそのまま横並びのセパレートタイプだった。価格の二倍差は、まさに広さからくる水回りの構造差に尽きるということか。ただ浴室利用の場合、シティ系は脱衣場所が無く、廊下で入浴する準備をせねばならない。むしろビジネス系の方が使いやすい、といった皮肉の一言も出そうになる。せっかくの広さがありながら、使う側に立ってのシミュレーションが不足している結果だと思える。独立型トイレはともかくも、浴室は洗面所と行き来できるタイプにしておくと、そこで脱衣もしやすいし、入浴後も便利だ。そのホテルでは入浴後は廊下で体を拭き、着衣するという極めて妙な具合だった。 

今まで、かなりの宿泊施設を利用したが、まさに前述の如く、実際の使い勝手に感心するほどの満足を感じたことは少ない。どこか、使いにくいことがある。思えばそれらはすべて、シミュレーション不足に尽きるといっても過言ではない。想像力の欠如と言い換えても良い。先のビジネス系のように絶対的狭さからくるオールインタイプはまだ許せるが、せっかくの広さを持ちながら、その広さを快適さにつなげ得ないシティ系の方が知恵が無い。鏡にしても、洗面台だけではなく、部屋のデスクにもある程度のものがほしい。化粧などに時間がかかる女性が洗面台を独占せずに済む。またグラス類があまりにもお粗末なところが多い、というか、用意されていない。結局、部屋で楽しむビールや水割りなどは、洗面台にあるプラスティックのコップで飲むはめになる。盗難防止なのか、破損を恐れてのことなのか、いずれにしてもそこにゆとり感は感じられない。今後益々、快適な住空間が増えていく中、プロともいえる宿泊施設が提供する贅沢感、ゆとり感は、まだまだ追い求めるべき課題は多い。

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 顧客満足の複雑さ134「非常時における日本の国力と伝統回帰 」

    顧客満足の複雑さ134「非常時における日本の国力と伝統回帰」 

特定国の減少はあっても、中国人訪日客の圧倒的人数で、訪日観光客数はむしろ増加している現状に、関係者の安堵する顔が見られた矢先の衝撃だった。いわずもがな、中国発のコロナウイルス騒動だ。極めて深刻な状況がすぐに解決するとは思えないが、一日でも早く、終息に向かうことを願わずにおられない。1月27日の中国当局による海外への団体旅行禁止などの出国制限の前に、すでに多くの中国人観光客が訪日し、相応の春節効果はあったものと思われるが、問題はその後だ。海外からの観光客増加による経済効果は今や多大なものがある一方、他国の事情で大きくその効果が影響を受ける。何も観光産業だけではなく、経済そのものが他国事情に大きく影響されるのはどの国も同様だろうが、その振れ幅を出来るだけ小さくするには、やはり自国が圧倒的かつ絶対的優勢を保てる資源と技術を持っているかどうかにかかっている。日本はどうなのだろうか。心配になってきた。こういう有事の際には、国力がすべてを左右する。

インバウンドで客室90%以上を占めるホテルがある一方で、国内客中心の宿泊施設もある。地域性が大きくかかわっているが、客層はある程度の多様性に満ちている方が、経営上安全に決まっている。自社にとっての黄金バランスを見極め、それに近づける工夫と経営手腕が問われる。外国人観光客だけに対象を絞ったビジネスが、将来にわたって盤石であり続ける保証などありはしない。まだ自国民のみで経営が成り立つなら、それを良しとする方が安全性は高い。大阪の心斎橋筋の両脇を固める店舗群は、見る限り7割以上がインバウンド用の店に替わった。老舗が軒を連ねていた昔の面影はない。中国人客が姿を消した場合、一体、心斎橋はどうなるのか?予想もつかない。

さて、既存のシティホテルに限らず、外資系ホテルでも、最近は和の風情を積極的に取り入れている。これも増加する外国人客向けの異国情緒提供策だとは思うが、率直に歓迎したい。生活そのものが洋風化した中で、和の美の再認識と採用は、日本文化のルネッサンスともいうべき位置づけもできる。外国人客のみならず日本人客も、周辺で失われた日本の伝統美を、そこで味わうことが出来る。一昔前はホテルといえば、各家庭には無い豪華さと洋風美があこがれの対象だったが、今や自宅の方が便利で快適という人は山ほどいる。水回り然り、寝具然り、インテリア然り。結構、高級な施設でも、どこか使い勝手が悪いものだ。となると雰囲気で勝負となるが、インテリアの豪華さだけでは飽きる。その面でも一流のホテルが、静謐ともいうべき日本の伝統美を取り入れた品格ある雰囲気造りに熱心であるのは、繰り返すが、日本文化のルネッサンスだと胸を張ればよい。

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 顧客満足の複雑さ133「観光産業国内消費増大の為に 」

     顧客満足の複雑さ133「観光産業国内消費増大の為に」 

あけましておめでとうございます。昨年は大型台風が日本を続いて襲い、甚大な被害が出ましたが、台風統計からみれば上陸数並びに大型度合いは平年を突出してはおらず、被害の大小は上陸したエリアの地形や住宅密集度も影響するということでしょうか。統計が取られ始めた1951年から2019年までで、上陸数が最も多いのは鹿児島県の41件で、高知26件、和歌山24件と続きます。いずれも山間地区が比較的多く、また台風への警戒度も高いことによる被害のくい止めも多少は考えられます。いずれにしても、いつどこにでも災害は襲ってくることを肝に銘じるべきですが、それがなかなかに難しい。ともあれ、今年は穏やかな年であってほしいものです。 

さて、日本の観光業において、訪日観光客数の増加は特定国の減少はあっても、集客増加を目指す意味では、まだまだ伸びしろがあるとみていい。ただ観光消費額をみると、2016年度の総額26.4兆円のうち、約21.4兆円が国内消費、つまり日本人による日本国内観光の消費額であり、大きな部分を占めているのだ。日本人による海外旅行消費額が1.4兆円。そして観光政策として力を入れている訪日旅行客の消費額は3.6兆円であった。しかし2018年度の国内消費額は約20.5兆円と4%ダウンとなった。一方、訪日観光客消費額は4.5兆円と急増したものの国内の消費減少を埋めるには充分ではない。となるといかに国内消費を高めるかの政策により力を入れてほしいと率直に思ってしまう。国内観光消費の減少は、少子高齢化が免罪符となりそうだが、本当にそれでいいのだろうか。果たして、国内観光消費を増やすための現実的な政策に、力を入れているのだろうか。 

国内観光消費をあげる最も有効的な対策は、旅行しやすい土壌を作ることだ。一泊泊二食型から二泊以上の長期滞在型旅行の推進は、確実に消費額を押し上げる。そのためには、まず休日のあり方の抜本的見直しが必至となる。ただ祝日をやみくもに増やしても、大きな成果は得られない。一定の日に一定の客が集中して押し寄せるだけで、年間を通じての底上げにはならない。休日法を作り、大型連休の各企業分散化を図るとともに、有給長期休暇の推進とそれに伴っての補助金、長期滞在型宿泊施設の増加など、すぐにでも手掛けるべき課題は山積している。いくら国が連休を増やしても、旅行業者や宿泊施設が瞬間的に儲かるだけで、持続した消費を約束できないのが現実だ。今の観光対策は古い。インバウンドの増加も喜ばしいことではあるが、その前に国民による消費減少を止めることの方が重要なのは明白だといえる。次に、清潔で無駄をそぎ落とした、安価な宿泊施設の進出が望まれる。一泊二食に3万円以上支払える層の増加も勿論望ましいが、連泊型旅行をサポートする新たな施設の登場が必要だ。サービスの省略化でサービス人員を可能な限り減らすことで労働生産性を上げ、一泊1万円以下を実現するのは可能だ。また居酒屋形式の食事処を併設することで、連泊対応可能なバラエティ豊かな食環境を整える。若者向けに施設に自炊機能を持たせる方法もある。とにもかくにも、休日のあり方の見直しと共に、廉価で充分に利益が出るビジネスモデルの構築が求められよう。

        

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 顧客満足の複雑さ132「集中需要より分散需要」

      顧客満足の複雑さ132「集中需要より分散需要」

忘年会シーズンの到来は、祝休日と同じ意味合いで、歓迎しにくい人もいるだろう。理由としては、期間中の市場価格の高騰並びに需要増加による不便さだが、まずは需要増加があって、それが高騰を呼び寄せるという、切っても切れない因果関係がある。11月中旬以降からシーズンが始まり、クリスマス後に終息するのが常で、外食業界の12月の売り上げは毎年、前年比を上回り順調に増えており、この時期のさすがの需要力を見せつけているが、身近な市場では、風景が若干変化しつつあるようにみえる。飲食店の予約が取りやすくなっているのだ。 

最近のある新聞の調査で、興味深い結果が出ていた。働く人達へのアンケート調査で、会社関連の忘年会は何回が良いか、という問いに1回が52%、0回が36.3%で、約9割の人が、1回以下が望ましいと答えた。かける時間も2時間が2.3%、1時間半が17.5%と、7割の人が2時間以内が適当とし、3時間派は2%に過ぎなかった。この結果は、会社への帰属心のドライさゆえと、とらえていいのか迷うところだ。これが、プライベートの忘年会だと、2時間が38.3%、2.5時間が18.8%、3時間派も18.3%と健闘している。この状況は、飲食店にとってはあまり有難くはない。多人数が短時間で利用してくれる会社関連の会は、席効率も良く回転率も高く稼ぎどころなのに、減少傾向にあるという。それが前述の予約が取りやすくなった、という現実に結びつく。小人数利用者にとっては歓迎すべき状況になってきたというべきか。 

数年前に友人と、ささやかな忘年会をした際、入店すると同時に2時間制と告げられ、1時間30分を過ぎたころには、ラストオーダーを催促され、5分前には精算をうながされるという、何ともあわただしい経験をした。その店は今年は2時間制を取っていないらしい。2時間制にこだわると、個人客は他店に逃げてしまうということだろう。一方、需要増加による価格高騰と予約の取りにくさは、宿泊業界での年末年始、特に31日から1日にかけては歴然と残っている。製造業では需要が増えれば量産することで対応可能だが、宿泊施設は部屋数は一定なので、需要が集中すればするほど、価格高騰に結びつくことになる。高くても売れる、という構図だが、需要集中日が年末年始に限られる、という弱さがある。会社関連の忘年会需要も飲食店と同様に減少傾向にあり、かつてのゴールデンシーズンの勢いは無い。年末年始だけで一年分を稼げれば問題は無いが、やはり一年中、浮き沈みなく集客できるのが望ましい。外から与えられるハイシーズンに頼った商売の危うさを直視し、オフシーズンを安定したオンシーズンへと変えるための知恵や努力が望まれる。地域あげての戦略も必要だが、自店自ら、魅力を創り出すことで季節を問わず集客することは充分に可能だ。飲食店の場合は、クリスマス前の一週間ほどは、多くの店が平常の3割増し以上の値付けの特別コースを組むが、果たして望むべき需要があるのかどうか疑わしい限りだ。それより、むしろこの時期には店から平常価格プラスアルファーのサービスが受けられる、というサプライズの方が余程、客の心を掴めると思うのだが。

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 顧客満足の複雑さ131「広報の意義と実行」

      顧客満足の複雑さ131「広報の意義と実行」 

ある程度の規模を備える企業なら、業種業態を問わず広報部門があって、対外の関係者および不特定多数に向けて自社のPR業務を行っている。広報とは“一般に広く知らせること”を原則としながら、目的は自社のファン作りであり、社内の一丸化である。各社によって、具体的実施方法の差異はあるが大体が似通った広報活動となっている。宿泊業界や飲食店業界も同様である。ただ、それが成功しているかどうかの判断は難しく、直接売り上げに即、結びつくものもあれば、効果に時間がかかる活動もあり、一概にこの方法が正しい、と言えるものでもない。広報活動が似通ったものになる所以でもある。しかし、情報化社会において、広報の意義は大きく、決してないがしろに考えてはならないと思う。そして、中小企業ほど広報が必要なのに、実際に力を入れているのは、大体が大企業ないし有名企業という現状がある。

広報というと、部門を作り専門人員で組織化し経費もかける、との認識から、中小企業ではとてもそこまで手が回らない、との反論がありそうだが、多種多様な広報活動は大小にかかわらず企業にとって必須であるという意識の転換が必要だろう。まず自社・自店の存在を知ってもらい、何をどのように売っているのか、そこにどのような魅力が付加されているのかを知らしめずして、どんな将来図を描けるのだろう。一般消費者向けのビジネスではなくても、チャンスは意外なところからやってくるものだ。一人一人の背景には、また異なる人がいて、さらに異なる環境が広がっていく。一例として、車での移動中、前の車の後部や側面に会社名が記載されているのを良く目にする。社用車だろうが、会社名のみなので一体何の商売をしているのか分からないケースが殆どだ。もしそこに、取扱い商品や何のビジネスかが分かる見やすい文面があれば、頭の一隅に残る。ひょっとすると探している分野かもしれないし、知人が関連している分野かもしれない。ひとりの人間はひとりではないのだ。広告の場を自ら閉ざしているようなもので、車体広告費が発生してもテレビなどとはまた異なる効果も期待できよう。

有名企業であろうと、広報活動を怠ると必ずしっぺ返しは来る。人は忘れやすいし、自社名は思うほど浸透してもいない。あるテレビ番組で、出演している芸能人の名前を街の人に尋ねる、という企画があった。大物芸人と自負していそうな出演者たちが正確な芸名を呼んでもらえずに次々と討ち死に?していた。世間とはそんなものなのだ。ショック度が大きすぎたせいなのかは不明だが、その番組企画はすぐに姿を消した。広報の真髄は、謙虚さと一生懸命さに尽きる。繰り返し自社・自店を思い出してもらう、という活動は無駄に見えても、ボディブローのように効いてくる。最近、自宅近隣の飲食店が閉店した。割烹か小料理店の店構えで、気にはなっていたのだが、とうとう行かずじまいだった。その店からの広告パンフなどは届いたことはなかった。閉店の理由が定かではないので決めつけることはできないが、徒歩圏内にある住民に対して何の熱意もPRもなかったのは確かだ。経費をさほどかけずに実施出来る広報はいくらでもある。やってみることの大切さが広報の意義と、言えなくもない。                         2019年11月1日

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 顧客満足の複雑さ130「接客の形の変化と不変」

   顧客満足の複雑さ130「接客の形の変化と不変」 

時折ランチで利用する二つの飲食店が、タッチパネル式での注文に変わっていた。今までも、良く利用する回転寿司店ではタッチパネル式オーダーが主流だったので、別段、驚愕することもないのだが、この傾向はどの業種業態にまで浸透していくのか、興味をそそられた。店側の目的は、人手不足に対応するための接客時間の減少とオーダー受けミスの減少の両方取りなのだろうが、タッチパネルでの取り扱いに戸惑いを隠せない客への操作説明にスタッフがつきっきりの場面があちらこちらで見受けられた。客が慣れるまで相当の時間がかかりそうだが、いずれスムーズに当たり前の形として、この店では機械相手の注文が日常化していくのだろう。そこでどれだけの人手不足解消効果等が出るのか、実数として知りたい気はする。

コンビニエンスストアでは、24時間営業の是非が問題化しているが、一部の店では実験的に夜間無人化営業に踏み切ったという。入店するには何通りかの方法があり、客はどれかを選んで入店し、買物をして、自動レジで支払を済ませる。これも慣れない客の不平の声も聞かれているが、次第に、本当に深夜に買い物をしたい客だけが上手に利用していくのだろう。人間は慣れてくるものだ。機械相手の接客は今に始まったことでもなく、銀行のATMの歴史は古いし、駅の改札自動化も当初は画期的なものだった。無人化対象が広がっていくという流れは、社会構造の変化からみても止むことはないと思われる。その内、銀行の窓口が姿を消し、コンビニも昼間であっても、自動レジ化が進むのは充分に考えられる。

そうなると、未来に見えるのは縮小社会に他ならない。人口が少なくなれば機械ができる仕事は機械にまかせるのは当然の帰結で、その傾向は一層加速していくに違いない。いささか無味乾燥的な社会を連想してしまうが、都会は相変わらず人であふれ、人に酔うほどだ。利用者とサービス提供者の数的バランスが崩れ始めているのかもしれない。縮小社会への予感は、色々なところで見られる。もう今以上に、人口が増える時代はやってこないと覚悟すべきであって、そうなると売り上げを増やすのは困難で、経費削減に注力した方が得策だ、ということになる。その状態は悪いことばかりでもない。すさまじいまでのフードロスも見直しが進んでいる。一例だが、作りすぎて毎年売れ残り在庫を廃棄せざる得なかったXmasケーキを完全予約制に移行した店もある。これも一種の縮小経済だ。ただいつの時代でも、交流が大きな魅力となり、武器ともなっている業種業態は歴然と存在する。何十年も地域に根差している喫茶店や飲食店、そして人が安らぎと気分転換を満たしに訪れる宿泊施設などは一線を越えての無人化は難しい。刻々と変化していく社会で、接客の形も変化せざるを得ないが、不変性をどこにどうやって残していくのかの見極めが、ことさらに重要になってくる時代が来ようとしている。                       2019年10月1日

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 顧客満足の複雑さ129「リスク管理が重要」

      顧客満足の複雑さ129「リスク管理が重要」

すこぶる好調に推移していた韓国人訪日観光客が激減しているらしい。言うまでもなく日韓関係悪化が原因だが、日本の受け入れ側業者の中には、危機的状態と憂う声が聞かれる。今まで何もせずとも、旅行業者が送り込んでくれていた顧客がばったりと途絶えたら、それはやはり商売あがったりで死活問題には違いないが、今のところ、7月単体で7.6%減で、約56万人の韓国人観光客が訪日している。日本から韓国への月平均観光客数25万人前後と比べても、倍近い。ただ今後の減少は加速すると見る向きもある。それでなくても、韓国経済そのものの悪化は以前から指摘されており、訪日客数は今回のように極端ではなくても、徐々に減少していっただろうと思われる。

ビジネスは甘くはない。いつなんどき、上顧客を失うことがあっても不思議ではないのだ。そんな例は、飲食店をはじめ枚挙にいとまはない。そのようなときにビジネスの危機を最小限にとどめるのは、日ごろからのリスク管理に他ならない。ある特定の顧客層に頼りすぎないこと。これに尽きる。大阪の中心地に、目立つ看板で有名なカニの飲食店がある。自身も数年前までは、年に何度か訪問していたが、今は行かなくなった。中国と韓国からの観光客で店は占められ、日本人客が入る余地は無い、という噂が広がったからだ。事実、店の前を通ると、エントランスは観光客であふれ、日本人ならちょっと二の足を踏むだろう。これからもこの店は、外国人観光客だけで、充分に儲けられるのだろうか。 

違う例もある。市内で何軒か飲食店を経営している知人は、外国人客の受け入れは店のキャパシティーの2割以下に抑えている、という。外国人団体客の申し込みは激増しているが、どんな時でも、つまり空席が多い時でも、2割以下に限定していると。でないと、本来の日本人客が来なくなってしまうからだという。客同士、国籍を超えて仲良くグローバルに楽しめばいいのに、と性善説的な呑気なことを言えるのは、店の未来には責任のひとかけらも無い人達だ。知人の方策は賢明だと思う。リスクの分散はビジネスの基本であって、それを怠ったがために撤去を余儀なくされた例はいくらでもある。旅行業者が送り込む団体客に頼り切っていた巨大旅館は、ことごとくつぶれた。個人客の開拓などする気も起らないほどに、大量の団体客でうるおった時期は、それほど長くは続かなかったということだ。 

韓国人観光客の減少は、地方の施設にとっては辛いものだと思う。もともと日本人客でうるおっていたわけでもなかったのが、ここ2~3年、吃驚するほどの外国人観光客が来てくれて、ほっと一息ついた矢先のことで混乱状態にあるだろう。ただこういうことは、いつでも起こりうる。リスク管理の重要性は、時代を超えて、また業種業態を超えて不変であって、今からでも異なる販路拡大に経営者自ら走り回る覚悟で臨めば、また道は思いがけない形で開けるものと信じたい。 

                   2019年9月1日

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 顧客満足の複雑さ128「ホームページの再チェック」

      顧客満足の複雑さ128「ホームページの再チェック」

今や、内容の充実度の差異はあるものの、自社のホームページを持たない宿泊施設は皆無と言っても過言ではないだろう。ネットで検索して出てこないと、途端にその施設への信用度はゼロに近くなる。それほどまでに、ネットの存在は大きくなった。これもほんの20年ほどである。かつてはゆっくりと文明は進化していき、20年の差は、変化の流れを把握できる期間だったが、ネットの普及は確実に、文明のというより、情報の伝達速度を変えた。今後、どのような進化を遂げるのか、空恐ろしささえ感じる。然しながら、人間が人間として生きるには、快食快眠快便が基本であるのは、どの時代にあっても変わることはなく、それを考えると、少しほっとしてしまう。

さて、宿泊施設のホームページだが、利用者側から見れば、親切度というか、充実度は大きく異なる。ネット検索者の検索理由は様々である。最初から宿泊を決めて空き室チェックなり、料理選別なりをする人もあれば、どこか適切な施設を探して観にきている人もいる。そのいずれにも、完璧に対応しなければ、ホームページの意味がない。まず後者にとっては、魅力をいかにアピールできているかの是非である。平面画面のみが何ページか続いておわり、という極めて面白みのないのもあるが、やはり画面は立体的で流動的でなければ興味を惹きつけられない。自店の売りは、どこなのか、温泉施設なのか、料理なのか、眺望なのか、部屋なのか、自慢できるところを集中してアピールすべきであるし、料理などはファミリー層向け、高齢者層向け、また大食漢向け、いいもの少し派向け、豪華好き向け等、選択肢は多い方が時代に即応している。部屋もしかり、温泉もしかりである。加えて周辺の観光スポットをうまく情報として取りいれた、観て楽しいホームページが望ましい。せっかく作成しても、動きの無いペラペラ感がある画面では、客を取りこむことは難しいだろう。今一度、自店のホームページの見直しをはかるべきだと思う。

前者の、宿泊を決めて検索してくる人への配慮は、とにかく画面を動かしやすいこと、これにつきる。そして宿泊日にどのようなプランが用意されているか、選択肢を広げる親切さも必要だ。この一連のながれも、不便さが無いかどうか、常に客の立場にたって、再チェックする必要がある。

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 顧客満足の複雑さ127「記憶に植えこむものは」

     顧客満足の複雑さ127「記憶に植えこむものは」

飲食店にしろ、宿泊施設にしろ、構成する要素はほぼ同じである。前者は料理とサービスと雰囲気。後者はこれに風呂施設が加わる。雰囲気は部屋と言い換えてもいい。それらのレベルで客単価が決まるわけだが、要素と客単価が見事にマッチングしていることもあれば、かなりの齟齬をきたし客の支持を失うこともある。やはり値付けは難しいマーケティング力による最終結果だ。それが、まず最初に値付けがあり、内容はあとから考えて、つじつまを合す、といった印象の店も結構目につく。

客単価一人3万円の店がテレビで紹介されていたが、料理を構成するのは、あわび、ウニ、マツタケ、和牛などの誰でも知っている高級食材の羅列オンパレードショーである。家賃も高いところなので、一日客2人でもいいから、客単価3万円ください、という思惑が見え見えの感がする。大体が新しい店で、これを売る、という目玉もなく、ただただ高級食材を提供するに終始する。何十年もその店の味を売ってきた老舗店とは比ぶべきも無い。新規参入大いに歓迎なのだが、やはりその店独自の技というか味で、そこそこの素材を使って1万円以下で提供する気迫をみせてほしい。 

さて、宿泊施設となると、値付けは複雑化する。ポイントを握るのは雰囲気だろうか。カニやフグなどの特別食を提供する宿は例外として、料理で客単価を決めるのは難しい。多少豪華か否かの差異が見られるにしても、お腹に収められる量は限界があり、また記憶として料理は、記憶の優先順位の上席にはこない。つまりたいして覚えていない、ということだ。大体が会席風の想像の枠内に収まるパターン化された料理であって、もっと刺激的にあっと言わせる料理があってもいいと思うが、なかなかお目にかかれない。一方、風呂は記憶に残りやすい。眺望、広さ、自然との一体化etc、五感を刺激するに充分な役割を果たす。ある旅館で、風呂を海とのインフィニティ式に改造し、同時に客単価もあげたところ、それでも客数が1,5倍に増えたという。自身にしても、谷間に位置し周辺を山に囲まれた中での露天風呂の記憶は鮮やかに張り付いて消えることは無い。また是非、と思うが残念ながら機会を得られずにいる。また、北海道の海を遠く見張らせる、御影石のすっきりとした長方形の広い露天風呂も、フラッシュバックして映像が蘇る。豊かな自然を独り占めできるリゾート式施設は、一泊十万円でも予約が取りにくいと聞いた。つまり自分のワールドがどれだけ広がりを見せるかが、価値を左右するのだと思う。 

人間の記憶に焼きつけるもの。もし風呂や環境に恵まれなくても、それを見つけなければならない。何に感動してもらうのかを見出し、創造し、磨き上げ、それを宝物にするのだ。旅行に行って帰りました。旅館に泊まりました。で、数日たてば忘れ去ってしまう。そのお客の脳裏に記憶に鮮やかに残るものを提供せずして、何の客単価だろう。いつでも蘇る楽しい・素晴らしい記憶。その中に自分の店が、旅館が入ることは、それほど難しいことではない。

 

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 顧客満足の複雑さ126「プラごみ削減に関する視点」

   顧客満足の複雑さ126「プラごみ削減に関する視点」

 プラスティックごみによる海洋汚染の深刻化を受けて、主に先進国主導の規制の動 きが活発になっている。世界の海に流出しているプラスティックごみが激増しており、魚類にもたらす被害がひいては人体に及ぶ危険性に、先進国が危機感を覚えた、ということなのだろう。被害が後進国内で収まっておれば、これほどの動きはなかったのではないかと勘繰りたくもなるが、海の汚染となると見捨ててはおけない。そこで、有機廃棄物の国際移動を規制するバーゼル条約の対象に、汚染された廃プラスティックを加えることが国際会議で決まった。先進国から途上国へ輸出されてきた膨大な廃プラの相当量が処理されぬままに捨てられ、結果として海を汚してきた。だから元を絶つことで、海への廃棄量の減少をはかろうとするのは、分かりやすい方策ではある。その他にも、取り組むべき対策は気が遠くなるほどあるが、まずは一歩一歩ということだろうか。 

 で、新聞各紙も廃プラごみ問題は、かなり重要視して頻繁に取り上げている。ただ問題の核心をどこに置くかで、論調がかなり異なるのは言うまでもない。某新聞の最近の社説を読んで、徹底した上から目線の内容に失笑を禁じ得なかった。まず日本は米国に次いで一人当たりの使い捨てプラごみ量が世界で二番目に多いとし、その量を減らしていかねばならないと説く。それには一人一人が日々のくらしを見直せとも説く。レジ袋や食器、ストローなどの使い捨てプラを利用しないようにして意識の共有が大切だとし、プラスティックの使い放題はもはや許されない、と結んでいる。日々、家から出る半端ではない量のプラごみに心を痛めている身としても、減らす具体的策を教えてほしいところだが、廃プラの一番の配給元である企業の姿勢に関しては、その新聞社説には一言もない。また実際に海を汚染させている海洋ごみ排出国に関する記述も無い。ちなみに喫緊のデータでは中国が882万トンで全体の28%を占め、以下インドネシア、フィリピン等アジア各国とアフリカが続く。アメリカは28万トンで20位、日本は6万トンで30位だ。これをもって、日本は少ない方だなどと逃避するつもりはさらさら無いが、現状は正しくかつ合理的に把握しなくてはならない。情緒的論調だけで読者を教育してほしくはない。 一方、前後して他新聞に、プラごみ撲滅の切り札、と称する記事が掲載されていた。日本の化学メーカー大手カネカが、海水中の微生物による分解が可能な素材を開発したという。それは生分解性ポリマー「PHBH」だ。100%植物由来のプラステ ィックで、30度の海水で6カ月以内に90%以上が水と二酸化炭素に分解されるのが特長。同社はPHBHの世界需要の増大が予測される2022年までに、2万トン規模の生産可能な製造設備の導入を検討している、とあった。すでにセブンイレブンなどでPHBH仕様のストローを提供するほか、資生堂はカネカとPHBH由来の製品共同開発に合意したという。なかなかの朗報で、国が積極的に支援すべきだと思う。廃プラごみ問題は、量の削減で効果が出るのを待つより、プラスティックそのものの環境への無害化を実現する方が解決への道筋が早いのは、だれもが考えれば分かることだ。先の新聞の一人一人の心構えを諭される記事より、はるかに前向きで現実的な内容に、各メディアの基本的姿勢の違いを見たというのは、早計すぎるだろうか。  

 

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