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顧客満足の複雑さ187(理解不明のこと多し)       )

      顧客満足の複雑さ187「理解不明のこと多し」

 メディアは、マイナンバーカードが、いたくお嫌いのようだ。言葉を変えれば、憎んでいるようにもみえる。確かに、トラブルが続いているが、国民の70%がすでに申告取得したらしい。メディアが取り上げるのは、不平不満の声ばかりなので、まだ半分も取得率はいってないだろうと思っていたのだが、70%とは驚いた。近いうちに90%には達するにちがいない。当方は3年以上前に取得した。運転免許を持っていないので、顔写真付き身分証明カードとして、重宝している。 

メディアが取り上げるカードへの攻撃材料としては、行政での手続きの不備、情報の漏洩などがあり、次にマイナンバーカードによる保険証機能一本化の医療現場での混乱、それと個人情報などのプライバシーが守れないと危惧する一般人の不安だ。まず行政の不備は、そもそも日本の自治体行政のデジタル処理能力自体が低いことが大きい。各役場に行けばわかる。仕事をしているスタッフは半分程度以下で、まるで職業救済所かのように見えることがある。AI化、デジタル化を促進すれば3分の1程度の人間で回せるだろう。そして医療現場だ。医療現場もデジタル化が進んでいない。大病院などは以前と比べて機械化やオンライン化が進み、受付から診察、清算の行程はかなりスムーズな流れになったが、小中規模の病院の段取りの悪さ、業務の流れの非効率性は改善されてはいない。医療現場は、顧客あってのビジネスという意識より、神のなせる技意識なのだ。その点、街の開業医のほうが使いやすいが、医療の限界がある。今回のマイナンバーカードの保険証一体化も時間はかかるがいずれは定着するだろう。メディアがあおる一般人の不安は理解しがたい。プライバシーというが、日本人なら出生の時点で生年月日、性別を届ける。カードによってほかのどのようなプライバシーがおかされるというのだろうか。多分、銀行口座の情報はいずれインプット要となるだろうが、現存の通帳情報が明らかになるのが嫌ならば、新たな銀行で口座を開設すればよいのだ。同銀行での普通預金口座複数開設は禁止されたが、他銀行や郵便局なら新口座開設は可能だ。個人の財産状況は早晩、国や行政が把握しようとする時代はくるだろうが、そうは簡単なことではない。マイナンバーカードを浸透させたい理由を想像するに、様々な身分偽証の回避ではないかと思うのだが、健康保険証の使いまわしは正確なデータがあるわけでもなく、偽造パスポートの把握は令和5年で5件だったらしい。ならばマイナンバーカードの浸透の真の狙いは何なのだろう。いつか分かるときがくるかもしれない。それをメディアは恐れているのだろうか? 

余談だが、大谷選手所属のドジャース球団が、日本の日本テレビとフジテレビを、大谷選手の新居の過熱報道で出入り禁止処分にしたと、ネットで大きく載ったが、各新聞やテレビではそのことは一切報道されていない。一体、事実はどうなのか。これも不可解で気味悪い。

2024年 7月1日  間島   

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顧客満足の複雑さ186(見どころ多し・鹿児島)

顧客満足の複雑さ186「見どころ多し・鹿児島」 

5月に鹿児島を訪れた。桜島と知覧が主な目的であった。桜島はその独特の形容で街を見下ろし、時に白い噴煙を出し、予想通りの存在感であった。どこにいても常にその山は威容な姿を見せてくれた。また、知覧の特攻平和会館では、しばし頭をたれるほか、どんな言葉もふさわしくないように思えた。口に出せば陳腐化してしまいそうで、ただただ心に重い何かが残ったとしか言いようがないが、20代そこそこの若者の明るい笑顔もまた切なく心に残った。鹿児島を訪れる外国人観光客数も予想を上回ったが、京都や大阪の実情を知るものにとっては、ほどほどのにぎわい、といったところで、ストレスフリーな三日間だった。 

スケジュールに余裕のある行程だったので、当然に他の様々な観光スポットを楽しませてもらった。「仙厳園」は庭や御殿を含めて、まさに眼福で、島津家の威光をひしひしと感じさせられる見どころの多い歴史エリアだった。中央からはるかに遠いこの地にあって、文化文明のみならず、維新の立役者としての力の源泉は、やはり時の殿様である島津家を抜きにしては考えられないだろう。富と力の偏在なくして、卓越した文化は起こりずらいということだ。やはりどの国も、どの地域も、自然や巨大テーマパークを除いては、人を惹きつけるのは歴史を物語る建物や庭園なのだろう。もうこれからはこのような建物が新たに生まれることはないのだと思うと、大切に守り続けていただきたい。多分それには多くの手間と資金が要る。「仙厳園」の中央、高台にある立派な二階建ての比較的新しい建造物が、園の関係者用施設の「管理棟」なのも必然なのかもしれない。もっとも行政の中心地などもほとんど、城の近辺か一等地にある。ま、何とかは高いところに上がりたがる、ともいうが、いまだに、「管理」という呼称が生きているのだと、これもまた違う意味で感心してしまった。 

鹿児島は見どころが多かった。霧島神宮にいたっては、過去の数々の神宮参りの中でも、その厳かさと重厚さは秀逸のものであった。数十年後も、その地にあって人々を見守り続け、参拝客が途絶えることはないだろう。そうなのだ。日本のみらならず、人類は過去の栄光や歴史がもたらした遺産によって、独自の魅力を放ち、そして観光客を引き寄せるのだ。これからは残念ながら、広大な歴史的建造物が新しく登場することは無い。仮にチャレンジしても人は来ない。鹿児島の「ふるさと考古歴史館」も、2017年にリニューアルされたらしいが、学校からの強制?集団訪問を除いては、多分一般客は一日数名いるかいないかだろう。立派な造りの会館で、億をはるかに上回る建設費用がかかったに違いないが、このような施設の開館がどのような事業計画の元で行われたのか、知りたい気分にもなった。時の為政者は、何かモニュメントを作りたがる。ただそこに富が集中した歴史がなければ、ただの箱に過ぎない。日本各地にも、そのような建造物は至るところにあるが、やがて消えてくのだろう。

2024年 6月1日  間島   

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顧客満足の複雑さ185(遊興街かビジネス街か)

    顧客満足の複雑さ185「遊興街かビジネス街か」

この半年間で訪問した大阪市内の飲食店は、例外なく満席に近い盛況ぶりだった。大体が金曜日利用という条件下の影響もあるだろうが、やはりコロナ禍から解放されたにぎわい感が間違いなく街に戻っているし、インバウンドの急増加が輪をかけて需要を押し上げていると思われる。もっとも、遊興街地区ではない、いわゆるビジネス街にある店を主に選んでいるので外国人観光客は少なく、男女・年齢を問わず勤め人が主流だ。なぜビジネス街を中心に選ぶのかは、私心ながら質の高い店が多いと思うからだが、予算や料理内容等をあらかじめ吟味して訪問した店は、ほとんどは期待を裏切らない。あたりはずれの差が少ないのだ。ビジネス街の顧客は、主に若者や遊興客が集まるエリアと比べ、、比較的年令幅が厚い。だから、というわけでもないだろうが、価格的には高めでも、比例して満足度も高い。

さて、ならば満足度はいかなる状態を指すのか、といえば勿論、満足した、ということだが、その肝は、第一にコストパフォーマンスの高さだろうか。ビジネス街にはとんでもなく値が張る店も混在しているので、会計時に目玉が飛び出ることになる。そんな修羅場をさけるため、あらかじめ予算はしっかりと把握しての訪問となるが、それでもなかなか予定どおりにはいかないものだ。なので、予想をやや下回る支払い結果と良質の料理が合体すれば、満足の極みとなるのだ。その結果が店としてのリピート客確保に結びつく。特にビジネス街の店は、後になじみ客となるリピートなくしては成り立たない。そこのところをよくわきまえているので、結果として競争力のある良質の店が多いように思う。反面、遊興街には観光目的化した客が国内外問わず多いゆえに、店ごとに質的に大きなばらつきがある。これは経験してみないとわからない。勿論、上質の店も多いのだが、とんでもない店も混在している。やがてそんな店は撤退して、すぐに新しい店が登場するという構図だ。遊興地区には、底力のある素晴らしい店があるのも事実なので、これは選択の自由ということになるのだろう。

コストパフォーマンス力は、単に予想よりもリーズナブル価格だった、にとどまらない魅力が加味されている。第一は料理の質だが、美味しい、の要素のみではなく、見た目の美しさ、適度なボリューム、それに接客の愉快さ、丁寧さと、居心地感の良さが加わって、コストパフォーマンス力となる。一見客が比較的多い遊興地区をあえて避けて、ビジネス街の店を主として訪問する所以は、満足度の高い店が多かったという経験上の記憶に基づく。利用者はこれからも遊興地区とビジネス街とうまくすみわけをしてほしい。ビジネス街の飲食店に観光客があふれだしても困るので、礼賛はこのくらいにしておく。

2024年 5月1日  間島   

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顧客満足の複雑さ184(ホスピタルとホテル)

     顧客満足の複雑さ184「ホスピタルとホテル」

友人が入院した。重篤な症状を抱えての緊急入院ではなく、一か月ほどを要する検査入院ということだが、やはり心配が募る。で、一週間ほど経って見舞い訪問したところ、いたって元気な顔を見てほっとすると同時に、どうか早く退院できることを願わずにおられなかった。部屋は、リラックスできる雰囲気の個室で、改めて病院の個室の利用価値を認識するとともに、病院の個室は、広さや雰囲気、それに価格は各病院で実にさまざまであるのに驚く。個室の費用を左右するのは、まずは広さ、それに設備だろうか。基本的にトイレと洗面台を有しているが、シャワー&浴室を備えているのは特別室タイプになる。勿論病室としての特別機能を有しているが、感覚的にはビジネスホテルから簡易シティホテルに近い。ただまさに千差万別、病院スタイルとしてきちんと市場価格別に整理されているわけでもない。ソファや冷蔵庫の大きさもさまざまだし、窓からの眺望もそれに加わる。家族や自分、そして知人が利用した個室も価格、広さ、設備、眺望ともに、一貫性はなく、ただただ病院側の一方的な値付け放題、といった印象を受けた。そこに市場競争感覚は無い。これがホテルとなると需要バランスや部屋の値打ち度をマーケテイング反映させた価格体制がとられる。いわば、買い手市場を微妙に取り入れたものになる。 

病院側からすれば、4人部屋くらいの方が対処しやすいのだろうが、患者側からみれば入院事情は同一ではなく、まして個人環境も大きく異なる中で、これから益々個室利用希望者は増えるものと思われる。それを証拠に個室の空きが無く、ウエイティング状態の時も多い。病院の個室は6.4㎡以上が規定らしいが、広さや設備によって価格差が大きい。某大学病院の最高特別室は1日30万円ほどで驚く価格だ。一般病院でも5000円の個室もあれば3万円前後のもあって価格差は大きい。一方、ホテル個室は9㎡の規定だが、ビジネスホテルのシングルルームの場合、大体が6000円から1万円前後までの価格内に収まる。需要競争も加わり、市場がほどほどの価格を生み出しているからだろう。 

ホテルとホスピタル(病院)はホスピスという同じ語源を共有している。いわば兄弟のようなもので、ホスピスの意味は「もてなす」だ。ただホテルとの決定的違いは、病院の場合は24時間そこで過ごす、ということだ。ならば、ホテルより快適でリラックスできる環境に向けて、部屋そのものに対する発想転換があってもいい。特に色使いを含むインテリア、眺望等に、病院共通の指針があってこそ、ホスピタルを名乗る意義もあろう。 

       2024年 3月1日  間島   

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顧客満足の複雑さ183(問題点は何なのか)

      顧客満足の複雑さ183「問題点は何なのか」

日本のGDPが4位に転落し、各メディアでかなり大きく取り上げられた。ただ、だから何?という雰囲気が国民に蔓延しているといっても過言ではない。そもそも中国に抜かれた、とメディアが騒いでいたころから、その風潮は生まれていた。そして今年はドイツに抜かれ4位に。ワールドニュースを注視している人にはわかっている。ドイツでのインフラをはじめとする値上げラッシュに国民の不満がマックスになっていることを。何も負け惜しみで言っているのではなく、そもそもGDPの解釈自体が、現代の価値感に合わなくなっていると思う。GDPは一定期間内の国内総生産を指し、極めて荒く言えば、国内で販売された商品やサービスが生み出した売り上げから、経費を差し引いた儲け総額、ということだろうか。それが国の経済力の指針と、とらえられている。しかしそれは量を指す。そこに質の計算はない。ここでドイツの新政策情報が入ってきた。小さなプロジェクトを減らし大型のプロジェクトに益々特化していくという。これがGDP押し上げの要なのか。 

エネルギー自給率も食料自給率も壊滅的に低い日本がベストの環境にあるとは思っていないが、少なくとも中国にもドイツにも住みたくはない。環境・便利さ・治安の良さ・食事の美味しさ・そして国民性etc・何をとっても日本から出ていきたいとは思わない。しかし、真剣に?GDPの復権を目指すとしたら、何をどうすればよいのだろう。経済オンチの身とすれば、即答などできはしないが、よく問題視される日本の中小企業の数が、先進国で群を抜いて多いわけでもない。先進他国もおしなべて全体で95%以上の中小企業を抱えている。となると、やはり労働生産性が低いからだという主張には納得できる。一人が稼ぎだす金額が少ないという非効率性が、GDPが伸び悩む要因と指摘する向きは多い。要するに日本には丁寧な仕事、言い変えれば手のかかりすぎる仕事が多いのだろうと思う。前にも書いたと思うが2019年飲食店数都市別ランキングでは東京が14万8582店と突出している。2番目はソールで8万3239店、3番目が中国の深せんで5万9985店、そして4番目がパリの4万4896店だ。2023年のミシェランで東京の星獲得数がパリを抜いたようだがそもそも分母が大きい。ちなみにGDP3位のドイツはどの都市も10位内に入っていない。コンビニエンスストアのセブンイレブンは、2016年のデータでは日本が1万8860店舗でダントツの1位。2位がタイの9278店舗、おひざ元のアメリカが3位の8378店舗で、あとはアジアが続く。ヨーロッパ各国は桁が違うほどに少ない。日本には何故こんなにも多いのか、の理由の一つは商圏が狭く売上げ目標が低いのだろう。 

日本では人手がかかり、小幅に稼ぐビジネスが非常に多い。そんな環境で、まだGDP4位とは立派なものだが、最新技術の開発と駆使により、効率的に大きく儲かる事業の展開以外に、日本浮上の道はないように思う。そしてその事業権利を寡占することが必要だ。人の良さだけでは国民が飢える。          2024年 3月1日  間島   

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顧客満足の複雑さ182(災害時における価値ある役割)

    顧客満足の複雑さ182「災害時における価値ある役割」 

石川県大震災発生より約一か月を経て、その被害の大きさにはたじろんでしまう。冬の厳しさがこたえる地域にあって、なかなか迅速な結果は難しいとは思うものの、徐々にでも復興が進んでいくことを祈りたい。 

それにしても、日本の避難所は何故あんなにチープなのだろうか。大体が学校か体育館か公的施設が避難所として指定されているが、総じて同じ景色が見られる。毛布や水と緊急食はかろうじて提供されるが、いわゆる雑魚寝状態でトイレ事情の劣悪さも指摘される。震災から3週間後、見るに見かねた建築家によって、ある避難所に間仕切り設定が提供されたという。一体、何回大震災を経験すれば、避難所のあるべき姿の発想転換がなされるのだろう。冬の寒さをほぼ完全にしのげる寝袋(シェラフ)は数千円から手に入る。毛布一枚など極寒状態ではほぼ役に立たない。段ボールによる簡易ベッドと間仕切り設定も、ずっと以前より業者から提案されているはずだ。テント式の個室でもよい。 

まるで役に立たない地震予知研究に使う費用は、避難所の環境がより快適になるために使っていただきたい。そもそも日本列島はすべてが地震発生圏内にはいっている。安心できる地域など無い。いつでもどこででも起こりうるのだから、起きた場合の避難者の快適度をあげることで、環境悪化による災害関連死を防ぐ方が、理にかなった予算の使い方だ。最低、自家発電器、10人にひとつ程度の簡易洋式トイレ(水不要のバイオトイレもある)、家族用間仕切り、簡易ベッド、そして寝袋は、水や緊急食に加えて必須アイテムだろう。それでやっと避難所の名に恥ずかしくない程度のものになる。今回は震災直後に官邸主導の対策本部も設置され、行政もがんばっているとは思うが、こと避難所に関しては、発想自体がイタリアなどに完全に負けている。有事に向けては、より手厚い環境の提供が用意されておくべきで、相も変わらぬ避難所の風景には脱力する。何事も我慢が必要、などと精神論をかざす輩もいるかもしれないが、有事だからこそ、心と体が少しでも癒される快適さが必要なのであって、今の日本にはそのくらいの力はあるはずだ。 

加えて、すみやかな二次避難システムも急がれる。被害をこうむっていない宿泊施設への避難者の移動だ。そこには少なくとも個室があり、暖かい布団があり、食料がある。その場合の施設への行政からの支援金をケチってはいけない。阪神大震災では、大手ホテルが自発的に直後にロビーを解放し、食料を放出したと聞く。ここでは行政の遅れが顕著だった。今回の大地震は道路の分断などの事情はあるが、希望する避難者を迅速に移動してもらう手立てもあろう。日本人には「我慢が美徳」の人が多いからといって、そのけなげさに甘えてはいけない。

               2024年2月1日 間島

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顧客満足の複雑さ181(地球の厳しさと人間の覚悟)

    顧客満足の複雑さ181「地球の厳しさと、人間の覚悟」

あけましておめでとうございます。穏やかな一年でありますように。その言葉しか思いつきません。ここ数年、それほど世界は厳しいものだと思い知らされたからです。 

日本の年末年始のテレビ番組を見ていると、世界も平和なのかと錯覚しそうになる。この間、ワールドニュースもお休みなので、映像から世界のリアルタイム情報が届かない。ウクライナもイスラエルもガザも、はたまた中国もロシアも日本のように平和に安寧としているのかと思ってしまいそうだ。ま、正月ぐらいは、何も考えずご馳走を食べて和気あいあいと楽しんでもバチは当たらないだろう、と、のんびりとかまえていた元旦の夕刻、石川県を震源地とする大地震速報が飛び込んできた。揺れは大範囲に及び、被害状況の大きさが案じられる。他国なら騒音としてのみとらえられる蝉の声を、その命のはかなさゆえに風情として愛おしむ日本人の自然に寄せる豊かな感性をもってしても、地震をはねのける力はない。地球はかくも厳しい。今年も日本にとって、内外ともに試練は避けられないのだとすれば、平素の構えと国としての体力保持がより求められるにちがいないが、それがなかなかに難しい。

 さて1999年の施行以来「食料・農業・農村基本法」の初の改正案が今年の通常国会に提出されることが決まったとの記事が新聞に掲載されていた。人口減少や地球温暖化、ロシアのウクライナ侵攻など、施行当時は想定されていなかった食料の安定供給確保に対応するためらしい。しかし、そもそも25年前の施行時には、すでに日本の食料自給率は40%前後の低水準であったのに、安定供給確保の危機感が無かったのだとしたら、なんともお気楽な法律であったのかと思ってしまう。そして2021年の自給率は38%。基本法が何の効果ももたらさなかった、ということだ。今回の改正案としては、農地の有効利用、安定的な食料の輸出入対策が主な内容だという。改正に伴って具体的な関連法案も提出されるらしいが、輸入相手国への投資促進など、相変わらずの資金投入しか目新しい政策は期待できそうになく、こんなことでは今後25年たっても自給率は上昇しないだろう。食糧の輸出入国との信頼関係など、有事下においては軽く吹っ飛ぶのを、第一次、第二次大戦で身をもって学んだのではなかったか。こと食料自給率においては、フランスの例を参考にもすべきだろう。かの国はまさに自給率が100%を上回る大農業国で核保有国で原発推進国で名だたる文化国で、変わり身の早い自国第一思想に基づいている。日本人の真面目な性善説を多分かれらは理解できないだろう。とここで、フランス南西部で大雨による複数の川の氾濫情報が入ってきた。地区住民は「何回、氾濫するんだ。これまで何の対策も取ってこなかった」と不満やるかたない表情で政府を非難していた。やはり“隣の芝生は青い”らしい。 

地震の発生は防ぎ得ないが、自国民の食を自国でまかなうことは可能で、それには大英断政策が必要だがかなりの痛みも伴う。そんな案は出てきそうにない。                2024年1月1日 間島

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顧客満足の複雑さ180(広報が繁盛店を作る?)

     顧客満足の複雑さ180「広報が繁盛店を作る?」 

5月からコロナが5類感染症へ移行したのを受けて、世の動向は大きく変化した。街に出ればマスク着用の人々は変わらずに多いものの、様々なしばりから解放され、人の集まるイベントやコンサート、スポーツ観戦など、コロナ前よりもにぎわっているように感じる。急激に増えた外国人観光客も、ほとんどがノーマスクだ。5類移行後も感染した人はいるものの総じて軽い症状で収まっているようだ。といってもまだまだ油断はならないが。身近な例では飲食店の繁盛ぶりが目立つ。事実、外食産業の10月の総売り上げは前年同月比8.8%アップとなった。かなり日数に余裕をもたせた予約でも、空席が無いことが増え、まさに食事会難民状態が発生している。コロナ禍で飲食店も3年間ほど我慢してきたはずなので、それはそれで結構なことだが、これから歳末を控えて益々、予約が取辛くなりそうだ。 

さて、一般に繁盛店とはどういう店を指すのかを考えたとき、真っ先に浮かぶのは客数の多さだと思う。一日1組予算一人10万円、などという、とんでもない店を除いては、多くのお客様にきていただいてこその人気店、となるだろう。ある雑誌で、お店を繁盛店にする広報支援をサポートしている会社のPR記事があった。「立地条件が申し分なく、店内は清潔で味には自信があるのにもかかわらず、店は閑古鳥が鳴いている理由がわからない」飲食店に、知名度認知度の低さをその理由として、広報支援の重要性を指導し実施するというものだ。テレビなどのメディアに取り上げてもらう方法を支援するのが主な対応だという。しかし「立地が申し分なく、清潔で味が良い店」で、繁盛していない店を見たことが無い。客側の、舌をはじめとする評価基準は極めて賢明で、店を見る目は的を射ている。閑古鳥が鳴いているのは、接客の不備か、居心地の悪さか、味や価格付けのアンバランスか、いずれかしか無い。店の繁盛への鉄則は、リピート客をいかに増やせるか、なので、それら基本の見直しが第一義だ。 

メディア関係者を招いての試食会は、記事にしてもらうことによる一定の効果は期待できるし、テレビでの紹介は抜群の集客を生む。よって広報支援は売り上げ増加へのひとつの方法ではあるが、それによって来店してくれた客のリピート化が無いと、店は元の木阿弥となってすぐに閑古鳥が鳴く。やはり繁盛店になるには、飲食店の基本の見直しへのサポートが欲しい。それは店主の根本的な発想転換をうながすもので、かなりの抵抗が予想されるが、それなしにその店の真の繁盛化は望めないと思う。 

   2023年12月1日 間島

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顧客満足の複雑さ179(急速に進むサービスの機械化)

   顧客満足の複雑さ179「急速に進むサービスの機械化」 

日本は「おもてなし」の国らしいが、自国にいる身としては「おもてなし」を特別に感じることもない。飲食店に入れば確かに、いらっしゃいませ、の挨拶で迎えられ、タダの水やお茶が供され、タダのおしぼりがつくことも多い。来日した外国人にとって、これらは当たり前のことではなく、驚くほどのサービスだと感じるのだと。自国の飲食店では、そのようなサービスなど期待できないうえに、チップまで要求されるからだと。結果、日本の接客は素晴しい、の評価につながるようだ。ただその“おもてなし力”が低下しているのでは、と感じることが多くなった。注文受けの機械化も進んでおり、客との接触が少なくなっている。人手不足とコロナが2重理由であるのは理解できるが、それにしても“そこまでやる?”と思うほどの変化にとまどいを隠せない。

 昨年あたりから増えだした、卓上タッチパネルでのオーダー方法は、最初は吃驚したが、スタッフを待たせずに、ゆっくりと画面を見て選べるし、何よリオーダー受けに間違いがない。機械が覚えているから安心?だし、慣れれば便利な側面もあるので今や立派に市民権を得たオーダー方法となりつつある。ところが、最近またまた、2店舗続けて驚く経験をした。まず店側から提示されたQRコードを客側が自分のスマートフォンで読み取り、オーダーはそのアプリを開けてスマートフォンからしてください、というシステムだ。聞けば、対面でメニューを選んでもらう手間を省けるとともに、そもそもメニューブックというものすら無いらしい。両店とも、ファストフードでもなく、ファミリーレストランでもなく、駅前・駅中のスタンド食堂でもなく、街場の一杯飲み屋でもない。立派な店構えのまずまずのレベルの飲食店だ。客にそこまでさせるのは、もはや飲食店としての機能を果たしていないと思う。ゆっくりとメニューブックを見て、不明な点を尋ね、おすすめ料理を聞いて、というスタッフを交えてのメニュー選びから、外食の楽しみは始まる。料理を間違いなく出すだけが飲食店の役割ではない。さてはて、このシステムも、先のタッチパネルでの注文受けと同様に当たり前の方法となるのだろうか。何か、大きな落とし穴が待っているような気がする。加えれば、フロアスタッフのレベル低下が目立つようになった。この仕事は個人レベル差が大きく異なるのは承知しているが、詳しいメニュー情報の提供や客の要望をさりげなくキャッチできるスタッフとの対話を楽しめるのは、もはや超高級店でしか期待できないのかもしれない。

かつて、橋のたもとにひっそりとたたずむこじんまりとしたイタリアレストランに、その人で店はもっていると言わしめた名物フロアスタッフがいた。料理長よりも責任が重く、その知識たるや脱帽ものだった。今や押しも押されぬ人気イタリアレストランとして名をとどろかせており、数店舗を展開する発展ぶりだが、その人がまだいるかどうかは知らない。

    2023年11月1日 間島

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顧客満足の複雑さ 178(飲食店の矜持)

      顧客満足の複雑さ178「飲食店の矜持」 

外国人観光客からの「日本は静かだ」の感想をSNSなどで見ることが多い。電車内や公共の場での静けさに驚いたとの投稿には、その状態を高評価している向きが伺える。そこには車のクラクション音もめったに鳴らないことへの賛辞も加わる。勿論、褒められて悪い気はしないが、本当に日本は静かなのか?と首をかしげることを最近二度も経験した。どちらも飲食店内でのことだ。いわゆる大衆店ではなく、客単価8千円~1万円前後の本来なら落ち着いたレベルの店で、絶叫ともいうべき大声が店内に響くという、なんともストレスフルな経験をした。二店の騒音絶叫の元には四つの共通点があった。まず6名~8名の男女混合グループであること、見るからにビジネス客グループであること、年齢層は若年~中年層であること、そしてグループの中に関西以外からの客がいた、ということだ。これは大声を聞けばわかる。いわゆる出張客なのだろうか。ビジネスでも旅の恥はかき捨て、が、まかり通るらしい。

 コロナの第5類移行に伴ってどっとグループ客が増えたことが、先の騒音絶叫につながった、のだとすれば、何と未熟な習性だろうか。「日本は静かだ」は、せいぜいが1名から4名の客にあてはまる評価なのだと気づいた。数がそろえば、そして地域的解放感がつのれば公共の場であっても一部の日本人は大騒ぎをする。それも他客の迷惑もかえりみずに。愚痴になってしまった。大声で騒いでもかまわない。それが国民性なのだとすれば、明るく率直でおしゃべりが好きな陽気な国民、となる。しかし正式な晩餐会で、見ず知らずの左右の客とは、簡単な挨拶と少々のウィットある会話さえできない内気?な日本のビジネスパーソンにてこずった経験からすれば、先のグループ客はただただ、数を頼りの仲間うち大騒ぎであって、これが日本人の特性では無いと思いたいが、内弁慶そのものだ。

先の飲食店での嬌声は、店側の対応を期待するのも気の毒かもしれない。ただ、大衆酒場ならご愛敬で済むが、それなりの店の場合での大声はやはりたしなめる度量があっていい。というのも、かなり前、何のことは無い、自分が店から注意された経験があるからだ。軽いライブを聞かせるこじんまりとした洒落たレストランで、来阪者を含めて4名で盛り上がっていたところ、「恐れいりますが、お静かにおねがいします」の注意を受けたのだ。恥じ入るばかりであった。久々にその時の記憶がよみがえってきた。店側の凛とした対応が印象的で、その後も何度か、訪問させてもらった。先の二店舗はいずれも、店長らしき人物が騒音元のグループ客を気にしているのは様子で分かったが、彼らに対して何らかの「お願い」や「ご注意」は無かった。まだ間に合う。他客がいる公共の場としてのマナーを店側が教えてもいいのだ。それで怒り出す客は、不要な客と割り切り、店の格を守ってほしい。それが店の矜持というものだ。

2023年10月1日 間島

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