投稿者「pc-network」のアーカイブ

食文化の豆知識181 食文化の現状160(食の魅力はどこにでも)

col_g_pic.gif

食文化の豆知識181 食文化の現状160(食の魅力はどこにでも)

スーパーの野菜や果物の陳列が微妙に変わってきました。季節の変わり目と言うのでしょうか。つい先日まで山のように積み上げられていたトウモロコシがどの店に行っても見つかりません。好物で今夏は毎日のように、ゆでトウモロコシにかぶりついておりました。来年までお預けでしょうか。代わりに、と言ってはなんですが、栗や松茸が・・・。栗はともかく、松茸は高くて手が出ません。果物は、百花繚乱のごとく、にぎやかです。梨、柿、ぶどう、りんご、みかんが、美味しそうに顔を並べています。一年中で、今が最も種類が豊富のようで、まさに味覚の秋、の面目躍如です。あと二カ月もすれば、みかんが主役の座に座り、りんごといちごが脇を固めます。いずれにしても、売り場はすっきりとシンプルになります。こちらも迷わずに済みそうですが、みかんの種類が多くて、またまた迷いそうです。

コロナ禍で内食の機会が増え、お取り寄せ食材や高価な食材の売れ行きが良いようです。高い牛肉も結構、売れていくとか。外で食べたと思えば、安いもの?ということで、高価格食材を自宅で楽しむ人が増えている。飲食店は、場所を提供し、接客をし、調理をして、代金をいただいています。より快適か、より丁寧な接遇か、より高級食材か、によって、価格差も生まれます。それと比べれば、原材料だけで済む内食は、実を取るには最適です。でも、やはり外で飲むお酒は美味しいし、プロの料理も楽しめます。これからは、うまく使い分けをするひとが増えてくるでしょう。食べる楽しみの機会は増えた方がうれしい。成熟した食生活、の幕開けかもしれません。 

食生活アドバイザー 間島万梨子

カテゴリー: 食文化の豆知識 |

【その174】某月某日 ”皆、大喜びです・・・ ”の巻き

col_n_pic.gif

某月某日  “皆、大喜びです”の巻き

緊急事態宣言解除を受けて、休業していた周辺の店も再開しました。でもなんか妙な感じなのよね。宣言下でも、ずっとがんばって営業していた店もあるし、しっかりと?休業していた店もあるし。これって、どっちが正解?というか、どっちが店にとって良かったの?良かったことなんてあるかい!って、叱られそうだけど、分かんないのよね。ま、どちらも今は元気に店を開いているので、問題は無いんだけど、多分、店にとって不公平感を持ったところもあるんだろうなと拝察いたしますわ。

で、解除後、大手スーパー内のお好み焼き店に行ったら、スタッフの女性が、解禁後、どっとお客さんが押し寄せて、“生ビール!”“ビール一杯!”の声が鳴り響いたんだって。鳴り響きませんが、オーダーがとても多かったらしい。とにかく生ビールを飲みたくて、お好み焼店に来た、というお客さんがいて、“やはり、生ビールには、焼肉か、お好み焼か、串焼きやでぇ”と、叫んでたらしい。叫んでません。うん、気持ちは分かる。分かるよ。たんと飲んでくだされ。

そのスーパー内のレストランでも、“お酒は出せません”の標識が入り口に立てかけてある店も多くあって、これは“認定店”かどうかの結果なのよね。あらかじめコロナ対策の認定店の資格申請をして、許可してもらった店だけが、解除後に、お酒を出せるのです。“うちは頑張って認定店の承認を得ていたので、お酒がだせるんです!“と、高い鼻をより高くしていたわ。認定店の許可を受けていない店は、あわてて申請してるらしいけど、時間が結構、かかるんだって。コラ、早く許可出せよ。って、ワタシが言ったのではなくて、申請中で許可を待っている店からのオネガイね。                ・・続く。

カテゴリー: N子の辛口奉行日記 |

顧客満足の複雑さ154(日本における平等の感覚)

   顧客満足の複雑さ154「日本における平等の感覚」

 宿泊施設にしても飲食店にしても、高級路線を取っているところは多くある。宿泊に関しては、施設そのものが一泊6万円以上の富裕層限定対応の特別豪華仕様のところとは別に、様々な利用目的に応じて値幅を広く取っている高級旅館やホテルもある。その場合、価格差は、部屋の広さや設備によって決められている。スイートをはじめとする高価格帯客室を設けてはいるが、都心の場合はビジネス客から一般客まで幅広く受けいれているのが現状だ。よってパブリックスペースはすべての客の共有利用スペースとなる。あくまで価格差は部屋次第というわけだ。内部飲食店も予算に応じて、好きな場所を選べる。そこには予算次第で自由に楽しんでください、というおおらかさがある。だからホテル利用時には、どのクラスの部屋を選んでも、それは部屋の中だけの満足感となる。高級旅館にしても、露天風呂付きや広さ如何での価格差が一般的で、大浴場やロビー、その他はすべての客が利用できる。そのスタイルが変わりつつある。 

日本では高級ホテルに宿泊することなどめったに無いが、かつてカナダに取材訪問した際は、主催がカナダ大使館ということもあり、大使館側が用意してくれたのは、すべてが高級ホテルだった。部屋も高層の高価格帯であろうと思われ、殆どのホテルに高価格帯客室利用客専用のエグゼクティブラウンジがあったのを覚えている。強く記憶に残っているのはそのゆとり感とリッチ感、そして特別感だ。殆ど客がいない空間には、常時スタッフが待機し、利用者が入るや否や、至れり尽くせりのサービスを受け、高層ゆえの広がる眺望を独り占めできる。まさに特別待遇そのものだ。ただ、リラックス感と一抹の罪悪感を覚えつつ、このスタイルは日本ではなじまないだろうな、とも思っていた。予算に応じた選択肢は勿論あるものの、独特の平等意識が日本にはある。そして今、遅まきながら、高価格帯の客室利用客専用の「エグゼクティブラウンジ」をハイアットリージェンシー東京ベイ、神戸メリケンパークオリエンタルホテル、帝国ホテル大阪が新設するという。密を防ぐという、コロナ禍での需要や、コロナ禍収束後の富裕層インバウンドを見込んでの新設なのだろうが、それが高額消費者を取り込む一因になるのかどうかは分からない。 

友人が数年前にバリ島観光に行ったところ、あまり楽しめなかったという。理由を聞くと“周辺から疎外されたリゾート地で、そこだけがリッチな空間だった。周りは貧しそうに見えた“のが気になったらしい。随分とセンシティブだなと思ったが、自分自身のフィリピンのセブ島観光を思い出した。充分にリゾート感覚を楽しませてもらったが、バスで市街地に行った際に見た、裸足で重い荷車を曳く痩せた男性、家の前でぼんやりとただ地べたに座っている男性の姿が、胸に重く入ってきた。友人と同じ感覚だ。この感覚は、多分欧米人には無いだろうと思う。かつてアジア・アフリカに植民地を持ち、奴隷制度も歴然とあった国々の人々は、特権をいとも簡単に享受してためらうことはないだろう。日本人のナイーブな、そして独特の平等感覚は、いつまで続くだろうか。

          2021年10月1日 

カテゴリー: 顧客満足の複雑さ |

顧客満足の複雑さ153(真実を見極めたい)

     顧客満足の複雑さ153「真実を見極めたい」 

JR渋谷駅近くの、16歳から39歳を対象とした予約不要なコロナワクチン接種会場に、初日の8月27日早朝から接種希望の人たちの長蛇の列が、1キロに及んだ。限度300名でもって接種は打ち切られ、28日からは並んだ人たちによる抽選制に移行したという。外れれば“労多くして成果なし”ということだ。黙々と並ぶ若者の映像を見て、胸が痛くなった。“若者にはワクチンを打ちたがらない人が多い“とのメディア報道の決めつけが、いかにいい加減なものかが分かる。確かに確率からみれば、ワクチンに拒否反応を示す人は、その他の年代よりも若干多いかもしれないが、圧倒的に打ちたい人が多いのだ。冷静に考えれば、打った方がメリットで勝ることくらいはだれでも分かる。喫緊の年齢別感染者数をみれば、一目瞭然だ。8月26日の65歳以上の大阪府内感染者数割合は全体の3.4%だが、半年前の2月の時点では、35%を占めていた。今、65歳以上の2回ワクチン接種率は85%を超える。いくらメディアがワクチンへの恐怖をあおっても、データには勝てない。そして若者たちも一部を除いては、ワクチンを打ちたがっている。酷暑の中で静かに並んでいた彼らの表情が目に焼きついて離れない。一日も早く、ワクチンを希望する人たちへの接種を、ありとあらゆる知恵と手段を結集してすみやかに完了してほしい。

さて最近、驚愕というより、むしろ嗤える事件があった。テレビ朝日のオリンピック担当者たち総勢二ケタ台の人間が集まって、オリンピック閉会後の8月8日夕刻から9日未明にかけて、一次会から二次会まで打ち上げを十二分に楽しんでいたというものだ。緊急事態宣言下での堂々たる会合だ。従来なら、外部にはばれなかったところが、二次会のカラオケ店で同席していた女性が二階踊り場から飛び降り、道路に転落。外を歩いていた一般人が驚いて警察に通報したことから、この前代未聞の醜聞が明らかになった。あくる日、同局の朝のニュースで、MCが謝罪したらしいが(観ていないのでその時の様子は分からない)、その後、何の説明も無い。最も不思議なのが、週刊誌に関連記事が一切掲載されないことだ。官僚や議員、その他著名人のコロナ自粛破りを事細かくあげつらって非難していたのに、揃って沈黙を守っている。同じ穴の貉だからか?と思ってしまう。テレビ・週刊誌・新聞等メディア関連者のレベルは所詮こんなものです、と自ら言っているようなものだ。それとも内部調査に真剣に取り組んでいるがゆえの沈黙で、追って上層部の謝罪や説明が聞かれることになるのだろうか。いずれにしても、久々に嗤わせてもらった。そりゃ皆、楽しみたいよね、と寛大な気持ちになりそうなのが恐い。                              2021年9月1日 

カテゴリー: 顧客満足の複雑さ |

【その173】某月某日 ”地球は勝手もんです・・・ ”の巻き

col_n_pic.gif

某月某日  “地球は勝手もんです”の巻き

お盆の時期に、これだけ雨が続いたことがあるでしょうか。記憶にございませんわ。昨日も今日も明日もあめ・アメ・雨・レイン。ほんとしつこいわ。各地での水害が心配。かたやヨーロッパでは山火事が?あれもそれもこれも、地球温暖化のせい?自然気象の異常はすべて人間のなせる技ならば、この雨も止めてよ。出来るはずよね!出来ないの?オカシイな。

ってなことで、雨に怒っております。でもこの全国的な大雨が、オリンピックの最中で無かったことに、妙に感心しております。ラジオで妙なおっさんが、“こんな暑いさなかに、オリンピックやるな!”って叫んでたけれど、そんなもの最初から分かってたこと。そして、オリンピックが終わるのを待っていたかのように、雨・雨・雨の日々が。メダルを取れなかった人達の涙雨でしょうか。そんなロマンチックなことはありません。ただの前線停滞です。早く消えろ!かなりいらだっております。でもね、何を隠そう。ワタシは雨女の称号がありますの。本人は全く同意しておりませんが、いざ、というお出かけ日にはなぜか雨が降ることが多い。確かに・・。思い返せば、あの時も、この時も、傘をさしてレインコートを着ている写真が残っているような。

気を取り直して、いつかは雨も止んで、また灼熱の太陽が照り付けることでしょう。そう、地球は勝手ものなのです。平均的雨量というのは、各年の雨量を何年か足して、その間の年数で割っただけのことで、“平均”ということばがオカシイ。“平均“が、マトモなわけでもないのです。色々な差異があるのは当然で、その平均値を出して、それがいかにも正しい数値、のようなマジックをかけているとしか思えませんわ。だから、平均からはずれていても、ちっとも変ではないのです。平均的人間なんて、気持ちが悪い。それと同じ。多分、地球上のことだってそう。それらをやはり受けいれるしか無いのだと、この大雨の中、妙に納得しましたわ。でもね、早く止んでくれ!

・・続く。

カテゴリー: N子の辛口奉行日記 |

食文化の豆知識180 食文化の現状159(誇れる食)

col_g_pic.gif

食文化の豆知識180 食文化の現状159(誇れる食) 

日本選手たちのめざましい活躍を残して、東京オリンピックが閉会しました。無観客の淋しさを埋めるに充分な熱気が伝わってくる試合の数々でした。振り返れば、従来であれば、つまりコロナ禍の状態でなければ、開会式は全く異なったものになっていたでしょう。日本の誇る大花火や各地の華やかな伝統色のあるお祭りなどが、絢爛豪華に会場を圧倒していたと思います。でも世界中が苦しんでいる状況下でのオリンピック開催、その開会式として精一杯の創意工夫があったと感じています。ドローンによる神秘的な地球や、自在に変化するピクトグラムも斬新でした。まさにテレビ観賞向けの演出でした。 

そして何といっても、選手たちに食を提供する選手村のレストランが、大活躍だったようです。24時間オープンで、700種類ものメニューを用意し、1日4万5千食を提供したとか。各国の料理に加え、べジタリアン食やハラル食などを揃え、選手たちを支えました。かなり好評だったようで、関係者の方々の努力が報われたのではないでしょうか。美味しそうなお菓子を大きな手で、どっさりと掴んでいくほほえましい映像も流れていました。フルーツもアイスクリームも食べ放題。訪問してみたかった夢のレストランです。事業を請け負ったのは、企業向けの食堂運営を展開する、ケータリングでは最大手の会社だとか。豊富な経験と実績がオリンピックというビッグなイベントでも充分に発揮されたのでしょう。繰り返しますが、この目でずらりと並ぶ料理の数々を見てみたかった。そして味わってみたかった。食い意地が張っております。 

日本が誇れる食文化を、世界へもっと発信してほしい。また国内においても、今回のオリンピックのスケール並のレストランイベントを開催してほしいと思いました。規模の大きさから、大都市での開催が望まれるでしょうが、チケット制にして、フリースタイルで食を味わい尽くす?そうなると、1日では限界があります。何日かかるでしょう。はてさて、かなわぬ夢となりそうです。

食生活アドバイザー 間島万梨子

カテゴリー: 食文化の豆知識 |

 顧客満足の複雑さ152「勝つことの価値」

     顧客満足の複雑さ152「勝つことの価値」 

東京オリンピックが開催された。日々熱戦が繰り広げられ、日本選手の活躍ぶりに目が離せない。主催国の有利さは当然としても、増えていくメダル数は率直に誇らしくもある。無観客開催に関しては否定的な意見の方が多いようだが、苦渋の決断であったのだろう。プロ野球などは観客を入れているではないか、との指摘はあるが、50種類もの競技が日々展開されるオリンピックと同列には扱えない。競技に伴い会場も時間帯も規模も異なるのだ。観客を入れてのコロナ対策にも限界があろう。無観客なら、感染者数の多さに苦しんでいる他国でもどこでも開催できる、というのも暴論だ。開催がどれだけ大変なことか、の想像力に欠けていると言わざるを得ない。大変だからこそ、4年に一回であり、最近では手を上げる候補地が減少しているのだ。名誉ではあるが、負担がとてつもなく大きい。連日の戦いを観るにつれ、現場で競技を支える人達の働きに敬意を表したい。そして何より無事に閉会式を迎えられることを祈るばかりだ。

メダルを勝ち取った選手の喜びは一様に晴れ晴れとしている。一方、期待されながらメダルを逃した選手もいる。勿論花舞台には立てず、メディアも黙殺する。スポーツは強弱を競う勝負なのだと改めて痛感する。技を極めるために、そして頂点に立つためにどれだけ日々の訓練が重ねられたのか、素人には想像もつかない。世の中にはスポーツを得意とする一般人は多い。レベルの高い人も結構いるが、オリンピックでの勝利の果実は、ただそのことだけに、飽きることなく、日々練習を重ねることによってしか得ることが出来ない。そして勝負はほとんどが微差によって決着がつく。特にオリンピックでの勝利は選手にとっては一生の勲章となる。そこが他の大会と大きく異なるところだ。その意味でも、東京オリンピックが開催出来たことは意義があると思う。大会運営に関しての各国の選手や関係者の不満を、ことさらに取り上げて放映するメディアのだれが、力を駆使して戦う選手たちを観る以上の喜びを視聴者に与え得るだろうか。

さて、コロナ感染者数が激増している。この2年、年齢別感染者数を追っているが、ここ数週間は明らかに年代別感染者数に大きな変化が表れている。60才以上の感染者が激減し、7月30日では、大阪でも94%を50代以下が占めた。現役世代であるこの層の感染者数は、緊急事態宣言を再動しても著しい減少は難しいだろう。各国の状況を見ても分かる。とにかく事業所、学校、その他コミュニティごとに、ワクチン集団接種を急ぐしかない。ワクチン接種後の特典付加も一案だ。“不平等だ!”の声をはねのけるパワーが現政権にあるとすればだが。
                                間島      2021年8月1日 

カテゴリー: 顧客満足の複雑さ |

食文化の豆知識179 食文化の現状158(多作による質の低下)

col_g_pic.gif

食文化の豆知識179 食文化の現状158(多作による質の低下)

季節ごとに出回る果物をいただくのが大好きです。外国でも果物は人気のある食材でしょうが、日本のように生のままで食すのではなく、ジャムに加工したり、ケーキに入れ込んだり、また料理に使うことが多いようです。なので、甘さや見映えにはあまり重きを置きません。外国で食べた果物は、パイナップルやマンゴーのような南国のものを除いては、苺もリンゴも葡萄も桃も、日本以上に美味しいものに出会ったことはありません。それはもう段違いの差異があります。日本の果物は素晴らしい。ただ残念なのは総じて値がかさばります。高いのです。それだけ手がかかるということなのでしょうか。美しい形で、甘さを蓄えた状態での収穫は、多くの手間と努力の結晶です。でも高い・・。日本に住む外国人留学生が、テレビの一場面で日本での食事風景を語っていましたが、果物は一切でてきませんでした。本人曰く“高くて食べられません”

それでも旬の頃には、手ごろな価格になっていることもあり、思い切り味わえるのが待ち遠しい。また品種改良というか、新しい味わいの果実も出現し、果樹農園の方々の努力にあたまが下がる思いです。ただ、ある果物が消費者の人気を集めたとなると、他の生産者もどんどん参入してきて、結果として全体の味と質が落ちてしまう、というケースもあるようです。もう数年以上もまえのことですが、初めて清見蜜柑を食べたときの衝撃は忘れられません。それはもう甘くてジューシーで、ほっぺたが落ちるほどでした。すっかりファンになりました。そして何年か後には市場に清見蜜柑があふれ、中にはこれが清見?と思うようなものも出回り、かつての人気はありません。他に、美味な蜜柑が多種出てきたことも一因でしょうが、清見ファンとしては残念なことです。ある種がヒットすれば、我も我もと生産量が増え、結果として価値を低めてしまう。これを防ぐには、やはり種の保護が必要なのです。品種を名乗る条件を厳格にもうけ、一定水準をクリアすることを義務付ける。そのことによってブランド力が守られるわけです。小玉スイカもそうです。食べやすさと保管の便利さ、それに抜群の甘さで、よく購入していました。今ではスイカ売り場のほとんどが小玉スイカで占められています。良く売れるからでしょう。でも以前と比べ、甘さが物足りなく感じるのは、気のせいでしょうか?このままでは魅力が低下しそうです。品種の開発はたゆまぬ努力のたまものです。それを守る規則がないと、ヒットすればすぐに同じ名前で市場に出てしまう。日本の素晴らしい食を守る意味でも、ブランドのハードルはきちんと守って、価値と質を下げない工夫も必要です。それは世界市場でも求められるでしょう。

食生活アドバイザー 間島万梨子

カテゴリー: 食文化の豆知識 |

【その172】某月某日 ”まずは見て楽しみたいわ・・・ ”の巻き

col_n_pic.gif

某月某日  “まずは見て楽しみたいわ”の巻き

先日、久々に会食があって、参加しましたのよ。はい、2名1テーブルね。4名の場合、2テーブル確保での会食ってわけ。お酒も7時までね、飲みましたとも。数カ月ぶりの生ビール!かけつけ8杯。そんな飲めるかい!おとなしく2杯でお腹満杯。で、すぐに7時が。アルコールラストオーダーの鐘が店内に響き渡る。渡りません。でもスタッフの声掛け開始。ここでもおとなしく、お酒を2グラス注文。これで8時までOK。ってな感じで、忙しい会食でしたわ。会話を楽しむよりも、早く食べて飲んでに全力をあげるのに必死。肝心の料理は楽しみの焼肉だったんだけど、残念ながら期待はずれどした。まず煙もうもうタイプで、火があがる。火事やっ。大騒ぎ。始めから無煙ロースタータイプではないと分かってたけど、これほどとは思わなかった。加えて、店の照明が暗すぎて肉が焼けたかどうか判別不明。で、長年の勘にたよることに(そんな勘ありません)。ま、焼けてるに違いない、との思い込みで次々におなかに放り込みましたが、中には生焼け、中には焼き過ぎが、入り交り、大変なことに。結果として、お腹も壊さなかったので、改めて、肉恐るべし!と妙な感慨にふけりましたわ。やはり、焼肉って、肉が美味しそうに色づいてこその醍醐味よね。まるで闇鍋って感じで、スリル満点。もうあの店には行かん。

気を取り直して、やはり照明って大切ね、って改めて思ったわ。見て楽しんで食べて楽しむ、の作業工程が必要。暗けりゃかっこいい、ってもんではないわ。何も、日中の明るさにしなくてもいいので、お肉の色が美味しそうに、そしてじわりと油に火が通り、“もう焼けてるから食べて”とアピールしてほしいわ。フレンチレストランなんかでも、たまあにあるのよね。やけに照明を落としているところが。何、食べてるのか分からないほど、暗い店があったわ。電気代の節約かい!料理はまず見て楽しみ、それから食べて楽しみたいわん。

・・続く。

カテゴリー: N子の辛口奉行日記 |

 顧客満足の複雑さ151「歴史の光と影」

     顧客満足の複雑さ151「歴史の光と影」 

緊急事態宣言を受けて休業していた近隣の日本料理店が、このほど久しぶりに営業再開した。早速、昼食に訪れたところ、広い店内は平日にも関わらずほぼ満席状態だった。なかには10名以上の団体客もおり、“生ビール!”のオーダーも飛び交っていた。都心から離れているとはいえ、自粛疲れを吹っ飛ばしたい、という声が聞こえるような風景だった。三世代の集まりとも見られる家族連れは、楽し気な解放感から、祖父母や両親のワクチン接種が完了した上での会食なのだろうと推察された。大阪市が要請する“アルコール提供は二人客のみを対象とし、時間は19時までとする“の内容が、誤解を恐れずに言えば、いかにもみみっちく感じたのは、亡国の極みだろうか。“いや、他国はどうであれ、日本はこのくらいの慎重さで良いのだ”と素直に受け入れるべきなのだろうか。

さて、この5月に東北の仙台と平泉を旅した。半年前から予定を立てての旅行だった。飛行機も宿もその他の観光エリアも、万全のコロナ対策を施しており、その努力に支えられ、無事に行程を終えて帰還したのだが、これほどゆったりと楽しむことが出来た旅行はかつてない。ちょうど梅雨入り直後のあいにくの天候も加味したとは思うが、従来なら観光客でにぎわいを見せているであろう、平泉の世界遺産である金色堂も独占させてもらった。規模はさほどではないが、予想通りの絢爛豪華さは日本の誇る歴史的建造物の一つに違いない。何より感動したのは、昭和期に改修されたとはいえ、平安時代から美しいままに現存していることであった。すさまじいまでの富の偏在がもたらした稀有な建立物は、その背景や目的如何に関わらず、技の叡智が結集された超一級の芸術品として、これからも多くの人に感動を与えていくだろう。考えてみれば世界の観光スポットは、自然を別にすればほとんどが歴史的建造物で、城であれ大聖堂であれ、時の権力と富の象徴だ。音楽にしても、人を惹きつけてやまないクラシック音楽は宮廷音楽、つまり強いパトロンに支えられた才能が産みだしている。彫刻も絵画もしかりだ。長い年月を経てもなお燦然と輝いている。

米国では歴史を見直そうという動きがあるらしい。建国の父といわれるジョージワシントン像も奴隷を所有していたとして、人種差別活動家によって撤去されたのを始め、各地で元大統領らの像がターゲットとされている。ジョージワシントンにしてもその功罪は複雑で、清濁併せ呑む政治家だったのだろう。幸い、日本では歴史認識の違いはあれど、現存の像などを撤去しようという動きは無い。歴史の見直しはいつの世でも起こって当然だとは思うが、現在の価値観で自国の歴史や人物を断罪することの危うさを、日本人が持ち合わせていないことに安堵する。それにしても、世界は恐ろしい動きの波にのまれはじめていると感じるのは杞憂だろうか。                           2021年7月1日         間島

カテゴリー: 顧客満足の複雑さ |