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顧客満足の複雑さ 112 「増えすぎる祝日の功罪」

顧客満足の複雑さ112「増えすぎる祝日の功罪」  間島 

今年は正月三が日が終わって三日目には、成人式を含む三連休が来た。もともと1月15日だった成人式を第二月曜日に持ってきたのは、1998年に施行されたハッピーマンデー制度の導入による。海の日や敬老の日、体育の日もハッピーマンデー制度による月曜固定祝日で、三連休が実現する。また祝日が日曜日の場合は月曜日が振替休日となるので、その場合もめでたく三連休となる。祝日自体は年間で16日もあり、先進国では最多だ。祝日の名目が明確なものもあるが、海の日、山の日に至っては、祝う意味が分からない。年末年始に匹敵するボリュームを持つ5月の大型連休もあり、日本はまさに休日オンパレードといえる。 

要は、働き過ぎの国民を休ませてやろうという、優しい心遣いのなせる結果なのだろう。欧米のように個人が長いバカンスを取る風習がなかなかに根付かないゆえ、公的に祝日を作り、先進国としてはこのくらいで充分でしょう、の思惑が見て取れるが、効果面から見ると良い政策と喜んでばかりもおられない。休日でも休めない職種を除いて、ビジネスパーソンが皆、休みとなると、当然に観光地や商業施設は込み合うし、需要と供給のバランスによる価格操作が働くから休日対応高価格が出現する。病院側も不便だ。月曜日が休みとなると、他の日に患者が込み合って対応が大変だし、患者側も土日のあとの待ちに待った月曜日なのに、病院が開いていない憂き目にあう。病院は三日間も休むべきではない。 

休日をやけに増やした背景には、前述したようにひとりひとりが交代で長いバカンスを取るスタイル導入の放棄がある。このバカンス制度を素晴らしいの一言で賞賛する気はさらさら無いが、そこに個人の自由な選択という極めて大人的な意志が働くだけでも、導入価値があるように思う。誰でもが夏に休みたいわけではない。冬に長い休暇を取って雪山にこもりたい人もいるだろうし、秋に2~3週間も仕事を離れて自然と遊べるならそのほかは土日だけの休みで充分だという人がいても良い。だれもが休む土日祝日の込み合う施設や高い宿泊料をやむを得ないとして、それでも出かける人々を否定はしない。そのようなシステムになっているからだ。リタイア組の元気な高齢者群はその間、家で喧騒が過ぎさるのを待てばいいだけのことだ。 

何故個人の自由選択休暇制度を導入できないのかの理由を探るだけでも、見えてくるものがある。導入すれば企業はもとより経済が破たんするのか?残された人達の仕事が増えて困るからなのか?休日高価格日が減少する施設の経営が困るからなのか?みんなと一緒、で安心する国民性が理由なのか?長く休んでもすることが無いという人が多いからなのか?すべてが理由のように思えるし、他に重要な理由があるのかもしれない。ただ、2~3週間も家から離れてのんびりとできる一定の受け入れ場所が少ないのは確かだと思える。観光地にある宿泊施設は概ね一泊二食制で成り立っているし、小さい別荘も持っている人は少ない。会員制リゾートホテルにしても、宿泊可能期間は限られるし何より高い会員権を支払わねばならない。となると、長期個人休暇制度の導入は、新しい業種の出現とそれによる経済波及効果も見込まれるだろう。どこもが込み合う日は、日曜日だけで充分だ。

                     2018年4月1日       

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顧客満足の複雑さ 111 「民泊の行方」

顧客満足の複雑さ111「民泊の行方」  間島 

本年6月に、民泊新法(住宅宿泊事業法)が施行されるが、それを大きなビジネスチャンスに結びつけようとする動きがある一方で、天下の悪法と捉える意見もあり、施行前からすでに、市場はざわめいている。この新法成立の理由は概ねはっきりとしている。インバウンドの増加にともなって不足が予測される宿泊施設の代替確保と、全国で増えつつある空き家・空き室の有効利用だろう。加えて、すでに横行しているヤミ民泊の規制目的もある。しかし、あくまで個人の住宅を観光客に貸し出してもらうのが、世界的に見ても民泊の本質であるはずが、結局のところ、不動産業界や賃貸住宅事業者とIT仲介業者が利点を得るのだろうし、住宅宿泊管理業者という新しいベンチャービジネスを生みだしたに過ぎない。それによる経済や雇用拡大効果もあろうが、いずれにしても、一般国民がこの新法によって恩恵を受け得るとは到底思えない。 

考えてみても分かる。現在住んでいる自宅に見知らぬ観光客を泊めたい人が多くいるとは思えないし、民泊向きの別荘やセカンドハウスや別宅を所有している人もごく少数派だろう。もっとも、相続したものの現在は住んでいない家屋を所有している人にとっては副収入を得る機会かもしれない。それとても立地によっては周辺住民とのトラブルを抱えるリスクを負う覚悟が要る。また、民泊新法を受けて、収入を確保するために新たに民泊対応可能な住宅を手に入れたとしても、宿泊上限が一年間で180日以下と決められているので、投資額のスムーズな回収が可能だろうか。余り良い儲け話ではない。だからこの新法は、ヤミ民泊に若干の歯止めをかける意味で多少は有効である、くらいにとらえていいのかもしれない。救いは、各自治体の裁量に、規制の部分をある程度まかせ得るという点だろう。

先日のテレビで、ベンチャー企業の住宅管理業者が、地方の農家の人達を集めて自宅での民泊を勧めるという番組があった。数名の中でひとりの中年女性が手を上げ、実際に欧米人の男性を民泊客として迎える、という内容だった。一人暮らしの、人の良さそうな女性の“楽しかった。これから、民泊を積極的に考えたい”の言葉で結ばれていた。あくまでカメラが入り、筋立てが出来た中での構成なので、今後の状態を担保するものではなかったが、どちらかと言えば性善説を是とする日本人の国民性の危うさを感じざるを得なかった。そしてこのほど、民泊利用のアパートで日本女性が殺害されたとのニュースが流れた。民泊していた米国籍男性が逮捕され、取り調べ中とのことだ。二人はSNSで知り合って、男の民泊先で会ったらしい。この事件が民泊に対する大きな警告でないことを祈るしかない。  

                     2018年3月1日                                                      

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顧客満足の複雑さ 110 「簡潔で丁寧な言葉の大切さ」

顧客満足の複雑さ110「簡潔で丁寧な言葉の大切さ」 間島 

年末年始のテレビ界は、番組の多くを取りだめ特番でしのぐ、という慣習があるらしい。テレビ界に生きる糧を置いている人達も、年末年始はゆっくりと休みたいだろうから、どうしても取りだめが必要となる。今年もわずかな生番組を除いては、殆どがすでに収録されたスペシャル番組だった。中にはなかなかに考えられた凝った内容のものもあるのだが、大体が同じような顔ぶれの似たり寄ったりの内容としか思えなかった。落ち着いて観たわけでもないので、そのことはどうでも良い。気になったのは、言葉の粗さと珍妙さであり、まともな日本語の喪失であった。

テレビから発せられる言葉使いの奇妙さには、かなり慣れてきたつもりだ。何故ならそれは、出演している芸人だけではなく、アナウンサーやキャスターまで浸透して、まるでその言葉が正しいかと錯覚を覚えるほどに氾濫しているからだ。例えば花に“水をあげる”、犬に“ご飯をあげる”という言い回しは、市民権を得たがごとくに常時聞かれる。先日、東京が寒波に襲われた時、ある局で、“明朝は氷点下になる恐れがあるので、水道管をあけておいてあげてください“と真面目顔で言ったときには、さすがにのけぞってしまった。水道管にも優しい言い回しが必要らしい。一方、ほっとするのは一般人の言葉で、農家に取材に行った際に聞こえてきた“犬への餌やりも大事な仕事だから”と、“植木の水やりは難しいのでね”は、とても自然で違和感が無かった。まだまだテレビに毒されていない人達もいるのだ。

丁寧さを勘違いして、最近は“○○の方”という言い方が一般的らしい。“外国人の方”“女性の方”“お年寄りの方”“中国人の方”“お子様の方々”と枚挙にいとまがない。“日本人の方”は英訳できるのか分からない。“ジャパニーズ“以外の言い方があるのだろうか。“犯罪者の方”や“不法滞在している方々“もその内、聞かれだすだろう。かといって優しさと丁寧さに満ちた言葉のみを話す国民性というわけでもなさそうで、“すげえ”“まじかよ”“死ね”“殺すぞ”などの言葉も氾濫している。まるで一貫性がない。飲食店でも、客からは“注文してもいいですか”“メニューブック見せてもらってもいいですか“などの珍妙な言葉がきかれ、店側からは”○○になります“の奇妙な言葉とともに料理を持ってくる。支払時にも“○○のお釣りになります”と、また理解不能な言葉が聞こえてくる。なぜ“○○をください”“メニューブックを見せてください”と言えないのか。店側も“○○お持ちしました”“○○円のお釣りです”と簡潔な受け答えをしないのか、頭が混乱してくる。

愚痴は止めよう。ときには、簡潔でかつ丁寧さを失わない言葉使いを聞くこともある。すべてに、きちんとした意味があり、伝達が明瞭で、しかもそこに個々人の良識を感じさせる言葉は、普遍的に日本の宝でもある。やはり言葉には誠実でありたい。そこに無礼や欺瞞やばか丁寧さを介入してほしくはない。仕事上とはいえ、一流ホテルや旅館で、美しい日本語を聞くこともある。ひいき目で言うのではなく、確かに覚えがある。仕事言葉ではあるが、参考にすべき慣習でもある。丁寧で美しい言葉は、無駄が無く、礼儀さを感じさせる。それが日本語の特徴ではなかったか。

 

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顧客満足の複雑さ 109 「滅私奉公に頼ると危険」

顧客満足の複雑さ109「滅私奉公に頼ると危険」 間島

 あけましておめでとうございます。今年も様々な事変や気象問題が起こると思いますが、そのときそのときの適切な対応で乗り切ることが出来ますように。 

訪日外国人観光客数の伸びが止まらない。郊外に住んでいると実感はあまりわかないが、ひとたび街中に出ると、場所によってはここは外国か?と思えるほどの状況を見ることも多い。売上増加に湧く業界にとっては、まさに恵みの雨どころか、笑いが止まらないに違いない。宿泊業界も恩恵を受けている業界のひとつだろう。ただ都市部と地方、ホテルと旅館との差異は歴然とあるようだ。

客室稼働率ひとつをとっても、最近のデータではシティホテルで78.7%、ビジネスホテルで74.4%、旅館で37.1%と、大きな開きがある。地域別では、全国1位の84.8%の大阪府と比べ、47位の長野県は35.4%で半分にも満たない。やはり稼働率の低さは収益効率にもろに響いている。ベースとなる経営手法の差異がもたらす影響も大きい。今や宿泊取引の7割はオンライン予約だが、力のあるサイト運営者への仲介手数料の高さで、うまく活用できていないところも多い。会計システムも、宿泊部門と飲食部門との区分別管理会計を採用せずに、旧態依然としたどんぶり勘定を続けていると、細部の分析や方策をたてるのも難しいのは明らかだ。 

さて、先日知人の縁で、新規オープンしたばかりのビジネスホテルに宿泊させてもらった。大阪南の一等地ともいえる場所なので、当然にターゲットは外国人観光客である。そこで感心したのは、無駄を排したコンパクトの追求と質の保持の共存だった。充分な広さと寝心地を提供しているツインベッドを中心にシャワーブースと洗面ルーム、別室のトイレルームのみが配され、それらすべてに、必要な備品類が内蔵されており、他のビジネスホテルよりも明らかに上質のもので揃えられている。無駄なものがないという点で、今まで経験したことのない次元のホテルだった。極めつけは朝食仕様で、殆どの食器備品に使い捨て素材を採用しているのには驚いた。食べ終えたゲストたちは、それぞれ用意されたボックスに皿や食べ残した料理を捨てていく。内容は洋風に特化していたが、ドリンク類や基本的料理、パンは数種類用意されていた。超コンパクトでモダンな部屋と共に、観光で忙しいゲストたちは充分に、満足するだろう。配膳サービスのスタッフ数は劇的に少なくて済む。洗い場も殆ど不要だ。このホテルの利益率はかなり高いものと思われる。 

他方、旅館はどうしても人の力、働く人のがんばりに頼りすぎる感がある。能力に個人差もあるが、お客さんに喜んでほしい、というおもてなし精神は、時として従業員を疲弊させ、結果として離職率を高めてしまう。複雑な旅館の仕事をITをうまく利用して簡素化し、作業の無駄を省きながら、料理を特化したり、部屋の構造を見直したりすることで、売り上げを倍増させた旅館もある。食材ひとつをとっても、在庫管理の徹底で無駄を排する努力も必要だろう。

                    2018年1月3日                     

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顧客満足の複雑さ 108 「歳末商戦とネット利用の影響内容」

顧客満足の複雑さ108「歳末商戦とネット利用の影響内容」間島 

正確なデータを取ったわけでは無いが、毎年歳末商戦が早く始まるような気がする。9月におせちの広告案内を目にしたときはさすがに驚いた。まだ暑さが残っている時期に、とてもとてもおせちの気分ではなかろうと。そして11月下旬に、おせちのパンフレットを物色して、いざ注文したところ、その商品は売り切れとの連絡が入った。人気商品だったらしい。他にも魅力的なおせちは充分に揃っているので、他商品に切り替えれば済む話だが、早い商戦の意味が分かる気がした。

とにかく、他社よりいっときでも早く売り切ることで、すべての効率化をはかり、資金繰りを立てることが出来る。特に年末の消費は手堅く確実に増大するので、早い商戦となるのだろう。そのうち、一年後の予約受付という笑えない事象も出てくるかもしれない。スーパーマーケットでも、すでに数の子の特設コーナーが出現しているし、デパートや家電業界も歳末商戦にかける意気込みは激しい。

世界的に見ても同様なのだろうが、米国では歳末商品を買い求める店への客の伸び足が昨年と比べて鈍っているらしい。ネット注文が増えているのだ。この傾向は今後も続くと思われる。直に商品を見て買物をする楽しみも捨てがたいが、人込みを嫌って自宅でのんびりと選べるメリットを取る人は確実に増えていく。少子高齢化社会にとっても、ネット経済は嫌が上にも自然に望ましい成長を遂げていくに違いない。そして、買い方のバランスが逆転したとき、小売店の販売構造は大きく変わらざるを得なくなる。利益構造の変化は言うに及ばず、根本的なありかたも変わる。従業員数も減少していく。今盛んに叫ばれている人手不足は解消される。対面販売が少なくなれば、それこそAIの出番だ。

さて、先の歳末商戦の影響をあまり受けないのが宿泊業界だろう。提供商品(部屋数)に限りがあるから、需要が勝るのは当然で、大小かかわらず、年末年始のホテル・旅館はほぼ満室状態で、しかも秋口から埋まっているところも多い。歳末商戦の必要は無いわけだ。ネットの影響も、簡便な注文スタイルとして良い意味で利用できる。ただし、ネットで予約が出来ても、宿泊という行為そのものは決して体験できない。そこが小売り店と大きく異なる。いわば体験が売り物なので、いくらネット社会が趨勢を誇っても、うまく利用すればいいだけのことだ。そう考えると、今後の宿泊業界の強さも見えてくる。もしかすると、より強くより安定した業界になるかもしれない。問題は、いかに利益を確保するかどうかで、当たり前のことだが、売上を上げるか、経費を減らすしかない。ゲストの満足度を低めることのない経費の節減は、改善の余地がまだまだ残っているだろうし、売上の増加も時流が味方している。ただその背景には、グローバルな先進的機能性と娯楽性の二者の力保持が必至となる。                                             2017年12月1日

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顧客満足の複雑さ 107 「画期的な商品開発と発想力」

顧客満足の複雑さ 107「画期的な商品開発と発想力」飲食担当 間島 

技術や文明がある程度成熟した先進国家においては、各企業はさらなる高付加価値の製品開発に余念が無い。日々、開発に明け暮れているといっても、いいかもしれない。この時代、人をあっと言わせる商品を開発できれば、それこそあっという間に世界市場を席巻できる。薬品業界、自動車業界、IT関連業界などは特に魅力的な新商品が企業の発展を約束するので、多くの力と金を注ぎ込んでいるはずだ。消費者の販売意欲を刺激する新商品が出れば、景気も上向く。 

現実に、画期的なものの萌芽はある。人類の今後を左右するであろうiPS細胞における最新再生医療をピンとすれば、様々な分野での小ヒット商品は出てきている。低価格の電気自動車やより便利な携帯電話、アイロボットに象徴される家電業界の進化etc、これでもかと思えるほどに、企業の開発努力は続く。新商品が出ると、企業側の発想力と実現力に感心することが多いが、やっと出てきたか、と思うこともある。それは多分、背景に消費者のニーズをすくい取る姿勢があったのに違いない。 

飲食店や宿泊業界、それに交通関連業界は、身近な例として生活に密着している。フェリーやバスの高級化はまさに消費者のニーズが生んだ世情だと思うが、ここにきて驚いたのは、アメリカのロスアンゼルスからサンフランシスコへの長距離バスに、約20の二段式完全寝台型が登場したことだ。寝具や環境に快適な寝心地を約束している。夜11時に出発して明朝の7時に着く。約1万3000円だから、1万円を切る飛行機と比べても結構な価格になるが、夜間睡眠時の有効利用と乗降車の簡便さが受けて、人気と話題を集めているらしい。飛行時間が1時間30分でも、前後の煩雑な飛行諸手続きを嫌う人のニーズに合った新商品だと言える。さて、飛行機の二段式完全寝台型は、不可能という3字で無視されるのだろうか。 

世の中には、今まで考えられないようなサービスや新商品がまだまだ待機していると思うと、楽しくなる。想像を超える商品もあれば、消費者のニーズをうまくすくい取ったものもあるだろう。固定観念を超えた自由な発想が必要だ。かつて日本が先導した家電やIT関連が、アメリカなどの後塵を拝しているのはとても残念でならない。日本初の画期的な新商品が出てきて、世界が追随する日が来るのを夢見ている。

             

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顧客満足の複雑さ 106 「野菜摂取量の是非」

顧客満足の複雑さ 106「野菜摂取量の是非」 間島 

昼食は外で取ることが結構多い。大体が麺類中心なので栄養のバランスは余り良いとは言えないが、高い頻度で利用しているチャンポン店では優秀な栄養満点のメニューをいただくことが出来る。麺の上に乗っかっている野菜や豚肉のボリュームは、一日の摂取推奨野菜量350g超大盛りに始まって、やや大盛り、並盛りの3種が用意され、350g盛りのチャンポンは食べ切れないほどだ。よって、やや大盛りが注文時の定番だが、それでも野菜と豚肉で200gほどはあるので、昼食としては十分な野菜摂取量だ。なかなか外食で充分な野菜を取る機会は難しい中で、このチャンポン店の存在は有難い。 

平成28年度の「国民健康・栄養調査」(厚生労働省公表)によると、同年の日本人の一日の平均野菜摂取量が276.5gと前年より17.1g減り、この10年で最低になったという。ちなみに、日本では国が勧める世界基準の一日野菜摂取量350gを今まで一度もクリアしたこともないし、摂取量は米国や中国にはるかに及ばない。理由としては、食べ切れないから、調理に手間がかかるから、値段が高いから、外食が多いからの4つが上位を占めているらしい。それぞれもっともな理由だと感心してしまう。手間がかかるのは、日本の野菜料理は酢の物や煮物、炒め物などと調理方法が多彩だからで、大量に野菜を投入する煮込み料理を主とする国では一気に野菜不足は解消できそうだ。値段が高いから、はその通りで、何故日本では野菜がべらぼうに高いのだろう。きゅうり一本が70円、トマト一個が150円、ほうれん草一束が200円と聞けば、市民が卒倒してしまう他国も多いはずだ。 

そしてまさに、食べ切れない、が推奨野菜摂取量に届かない肝心な理由だと思われる。日本人の一日平均摂取カロリーは2500前後キロカロリーで、米国人の3500超キロカロリーには1000キロカロリーも少ない。つまり分母がこれだけ異なるのに、分子である野菜を同じ量の350g摂取しなさいというのも無理というものだろう。体が違うのだ。日本人の摂取カロリーは先進国群では最低ラインで、開発途上国並みだが、肥満度は低く、世界有数の長寿国だ。自慢していい。そろそろ厚労省も世界基準数値とやらにとらわれず、我が国独自の基準値をどうどうと打ち立てればいい。我が国民は小食につき、推奨野菜摂取量も我が国独自の数値で行きます、と主張してほしい。そうすれば野菜摂取量が目標に届かないと毎年やきもきすることもなくなるだろう。ただ、もう少し野菜の価格が低くなる手立てはないものだろうかと思う。ある特定地域では休耕田を野菜農場に転換して、その収穫野菜を野菜加工企業に売ることで収入を劇的にあげたと聞くが、日本全体で農地の集約化と効率化を図り、野菜価格を下げようとのビジョンはまだ見えてこない。

                         2017年10月1日

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顧客満足の複雑さ 105 「様々な世論調査」

顧客満足の複雑さ 105「様々な世論調査」飲食担当 間島 

内閣府が昭和32年度からほぼ毎年実施している「国民生活に関する世論調査」が8月に公表された。それによると、現在の生活に満足していると回答した率が、過去最高の73.9%となったという。「所得・収入」「資産・貯蓄」「食生活」「住生活」「自己啓発」「レジャー・余暇生活」のすべての項目で、各満足度が過去最高を記録した。内閣府は景気の緩やかな回復が原因と分析している。この結果をにわかに信じがたい向きも多いと思われるが、世論調査そのものが氾濫している昨今では、それぞれの受け取り方があっていいのだと思う。ことにこの結果は、“国民すべてが現状の生活に不満を抱いているに違いない“との認識に偏りがちなメディアにとっては見たくない数字であっただろうと思うと、いささか愉快でもある。 

確かに、求人率は上昇し、アルバイト時給は過去最高を記録し、今春の大卒就職率も過去最高の97.6%だった。この事実現象を、単に人手不足のもたらした恩恵ではないかと冷たく無視するのも無理筋だろう。企業業績が伸びているのだ。国内消費は期待するほど伸びてはいないらしいが、とにかく景気動向は数字でしか判断できない。国内総生産も予想以上の伸びを示した。そして、前記の内閣府の調査結果も確かな数値なのだろう。特定のメディアの自己陶酔による正義感がいかがわしいものに見えてくる。ただ、この調査における政府への要望では、社会保障の整備や、高齢者社会対策、雇用・労働問題への対応、防衛・安全保障問題、などが上位につらなっており、国民の現実的な賢明さを垣間見ることができる。 

一方、世論調査を含むすべての調査は、設問の内容や回答形式仕様如何によって、調査元が結果を誘導しやすいものだ。飲食店や宿泊施設に用意されているアンケート調査なるものもしかりで、一体何のために実施するのか判断に苦しむ場合もある。つまりどのような結果が出ても、それに対応できる体制がなければ全く意味がない。また適切な結果分析力がなくては、調査そのものが徒労に終わる。それより、長く繁盛している他店を視察する方が余程勉強になる。客が少なく元気のない店を見るのも反面教師となる。クレームはともかくとして、客のご意見を調査で知ろうとするより、自分自身が客となって他店を見ることで、自店がはっきりと見えてくるものだ。世界の飲食店やホテルでは、日本人客は“妖精”といわれているらしい。料理や待遇が気に入らなかったら、何も言わずすっと消えていなくなって二度と来ないからだとか。国民性を良く表しているものだと妙に納得してしまった。

                          2017年9月1日

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顧客満足の複雑さ 104 「日本型サービス」

顧客満足の複雑さ 104「日本型サービス」 

前回と関連するが、日本の労働生産性はOECD加盟先進国と比較して、22位と確実に低い。余り仕事に一生懸命で無い?ように感じられ、陽気で楽天的なイメージの強いイタリアやスペインよりも低いのだ。業種別では飲食・宿泊の労働生産性は加盟国第3位の米国の3割強に過ぎない。ちなみに製造業は約7割で、機械化による省力と効率化に一応の成功は収めている。他業種では小売業が4割弱、運輸は4割強と、日本におけるサービス業の低さが目立つ。 

つまり、日本型サービスは対価を吸収し得ていないということになる。サービスに対して正当な金額が払われておらず、結果としてサービス業と称される企業の労働生産性を低くしている。今、問題化している宅配費用の値上げ交渉も、日本で当たり前のサービスと受け取られていた配送サービス自体を、よりハイコストのリターン労働へと改善しようというものだろう。便利で上質のサービスには、消費者にそれ相応の対価を要求して当然なのかもしれない。でないと、いつまで経っても、日本のサービス産業の労働生産性は上がらない。その意味では、ヤマト運輸が開けた風穴の影響は大きいと思う。 

「おもてなし」が日本の強みである一方、そこで働く人達の負担を強いることがある。サービスの提供が過剰労働につながっては元も子も無い。以前、お手伝いをしていたチェーン飲食店のオーナーの“サービス向上はコストがかかるものだ”の言葉が、今になって現実的な響きを持つ。接客向上が顧客満足度上昇の要として、どこも力を入れていた時代、その言葉にいささかの違和感を覚えたが、まさにサービスは高く売れるものにもっていかなければ、企業も従業員も消耗する、との指摘であったのだろう。その飲食店は、質の良いサービス提供に見合った対価を得る戦略への転換により、順調にそして着実に業績を伸ばしている。飲食店で初めて週休二日制を導入したのも、そのチェーン店であったと聞いている。 

飲食店での過剰労働は黙認されてきたのは事実であって、これは厳しい見方をすれば、経営者の倫理観の欠如にほかならない。サービス提供が値段に合わないか否かのレベル以前に、滅私奉公を強いて当然という経営サイドの甘えが改められない限り、日本のサービス産業における労働生産性は上がらないだろう。それだけに、宅配業者が就労構造にメスを入れたことが、消費者、経営者双方に意識改革をもたらす方向へと誘うことを期待したい。「おもてなし」力を維持しつつ、消費者の適切な負担と従業員の待遇改善を図るのは不可能ではないはずだ。

                        2017年8月1日 間島 

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顧客満足の複雑さ 103「労働生産性の憂鬱」

顧客満足の複雑さ 103「労働生産性の憂鬱」

日本の国内総生産は、アメリカ、中国に次いで世界第三位であり、資源に乏しい極東の島国としては奇跡的な経済規模だと率直に思う。それはひとえに、国民の勤勉さと探求心、それに忍耐力のなせる結果なのだろう。素晴らしい人達が日本を牽引してきた証であって、今後も盤石であってほしいと願わずにはおられない。世界の国々から見た日本は、豊かでうらやましい国なのだ。 

然しながら、昨今よく耳にする労働生産性となると、余り大きな顔もできない。国内総生産からはじき出される就業者一人当たりの労働生産性は、2015年度でOECD(経済開発協力機構)加盟35か国中22位で、欧米主要国には及ばないし、就業者1時間当たりの生産性も、20位と低め推移となっている。労働時間の長さや仕事の効率の悪さ、特化した高価値産業の不足などが理由としてあげられている。過労死という日本発の不名誉な現象も払しょくせねばなるまい。で、政府も労働時間の短縮をうながしたり、休日を増やすなどして労働生産性を向上させようとしているが、なかなか簡単にはいかない。日本独自の働き方を変えるのは時間がかかるだろう。逆に、効率化を進め商品の低価格化を実現したからこそ労働生産性が低いのだ、という説もあるほどだ。 

さて、一口に労働生産性と言っても、産業間で差異が生じている。日本の場合、製造業や建設業はここ数年、生産性を向上させているが、小売り飲食宿泊の分野となると、この数年でも0.7%しか上昇していない。パートの増加があっても効果は薄い。やはりお客様に直に接する仕事は効率第一とはいかず、どうしても人手を取られるので、一人当たりの生産性は低くなってしまう。売上上昇が見込める休日の増加をばねにして、労働生産性を高める工夫も望まれよう。言葉は良くないかもしれないが、要は、ゲストの満足度を低めることなく手を抜くという技が必要だ。

日本型旅館の場合は、しつらえやサービス体制を一部ホテル化することで確実に生産性は上がる。布団の上げ下ろし、食事時のつきっきりの接客、ユニフォームとしての着物etc、うまく省力化をはかる必要がある。ベッド採用、一部ビュッフェ化、着衣簡便なユニフォームへの転換だけでも労働時間が節約できる。スタッフ・ゲスト双方に不便さを強いる、いまだに残るドリンク内蔵のロック式冷蔵庫の廃止、部屋食の減少、それに関連するが、食事室はテーブル式がサービス側の手間を劇的に減らす(スリッパ並びに草履などの着脱の手間も要らない)。見渡せば、労働を軽くする材料はいくらでもある。従業員に過酷な労働を強いていては、一人一人のユニークな発想力を引き出すことも出来ない。ゲストのニーズは今や、至れりつくせりの濃厚接客ではないのだから、労働生産性をあげるチャンスでもある。もしくは、眺望か、料理か、環境か、設備かで、超付加価値を提供する見返りとして一泊二食最低でも4万円以上をいただいて、結果として労働生産性を上げるかだろう。 

                        2017年7月1日

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