顧客満足の複雑さ148「作られる世論」

     顧客満足の複雑さ148「作られる世論」

  久々に胸のすくような文に出会った。産経新聞に掲載されたスポーツジャーナリスト増田明美さんのコラムだ。東京五輪の開閉会式のクリエーティブディレクター辞任に関して、女性タレントの容姿を侮辱したという根拠がいかに理不尽であるかを、理詰めで主張されている。詳しい説明は避けるが、要は1年前のしかも色々な意見が出されるべき会議での発言について、今、糾弾しようという卑しさに怒りを感じるというものだ。極めて正論だろう。ディレクターが出した案はその場で没になったもので、本人もすぐに謝罪して撤回されたという。会議では様々な意見が交わされ、時には極端な案も出るものだが、おおむね常識範囲内の結論に収束していく。その場で取り上げられなかった意見ひとつひとつが後になって糾弾されるとするなら、誰も何も言わなくなる。会議は成立しない。的外れな告げ口によって辞任に追い込まれたと一喝されている。この一連の問題の根は、卑怯な告げ口を仰々しく取りあげた、大衆ご注進メディアの劣化としか言いようがない。しかし、そのメディアに大きく影響を受ける人たちは存在する。ある日の飲食店での昼食時、嫌でも耳に入ってくるほどの大声の客がいたが、その人の話はテレビの某番組コメンテーターの主張と全く同じ口調と内容であった。誤解を恐れずに言えば、その内容は無見識かつ一方的に、ある人を糾弾するもので、せっかくの料理がまずくなってしまった記憶がある。 

 さて、最近は家の固定電話を殆ど使用しなくなった。大体が携帯電話で事足りる。むしろ携帯電話の方が受信送信いずれにおいても便利だ。だから固定電話のベルは殆ど鳴らない。鳴ったとすれば10数年前の電話の持ち主あてにかかってくるか、 営業の電話なのだが、たまに世論調査なる電話もある。すべて自動音声で、答えを促すメッセージが流れるとすぐに切ってしまう。自動音声の世論調査に付き合うほど、暇ではない。新聞社ごとに定期的に世論調査の結果が公表されるが、あのような方法で、つまり自動音声による電話での調査に真摯に答えてくれる人たちがどれほどいるのかを考えるとき、調査結果はにわかに信じがたいものになってしまう。世論調査結果を盾に、自社の主張を正当化しようとしているのではないか、などと穿った見方もしてしまいそうになる。世論をリードするのが、メディアの役割ではないのだ。彼らは勘違いをしている。たまにメディアの扇動が政局を動かすこともあるが、重なる選挙によって、やがて良識ある結果に落ち着いてくるように思う。 その選挙結果をも、民意を反映していないと主張するメディアは、民主主義を理解していない。                     2021年4月1日

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