顧客満足の複雑さ 209 「ちっぽけな人道主義」

     顧客満足の複雑さ 209「ちっぽけな人道主義」 

初夏を迎えんという時期に、またぞろクマの被害が報告されている。冬眠前の危険性は知ってはいたが、冬眠明けの今頃も餌を求めて市街地にまで来て活発に動き回るらしい。出没地域に住む方々は、気の抜けない日々とお察し申し上げる。損傷が深いご遺体が見つかった、との記事に接し、ご家族の衝撃はいかんばかりかと言葉もないが、あるニュースバラエティ?(純粋なニュース番組でもなく、お笑い番組でもない)で、コメンテーターなる男性が、「すべて人間側に原因がある」という発言をしていたのには、心底驚いた。つまり、人間がクマの生息地域まで浸食開発したので、餌場のなくなったクマがやむを得ず出てきて、人間を襲ったのだ、という。この人は、“山を開拓し、開墾し、田畑を作り、木を切って生活の糧にして生きてきた人たち“の壮絶な苦労や努力は、クマにとって悪いことだった、と言っているのだ。まるで「クマさん可哀そう」の幼稚園児の発想だ。クマの捕獲に反対する人たちと同列で、頭がお花畑のままに、大人になってしまったのだろう。いま、するべきことは、人間の反省を促すことではなく、クマの被害をこれ以上、出さないために、専門猟師を増やして、市街地を守るしかない。 

そこで思い出した。猫好きの友人が近所の野良猫に餌を与えていた。去勢などの施術をするのでもなく、可愛い、可哀そう、という思いから、数匹の野良猫に毎日、餌を与えていたらしいが、諸事情で家を明け渡すことになった。そのとき、近所の親しい一人に、1年分ほどの餌袋を預け、猫の餌やりを頼んできたらしい。家を出て数か月経った時期に、その人と会ったのだが、「あれだけ頼んだのに、猫たちにきちんと餌をやっていなかったようだ」と怒っていた。その経緯は知らないが、近所のひとたちはさぞかし、野良猫がうろうろして迷惑をこうむっていたのだろう。あとの餌やりをまかされた人も、気の毒としかいうほかはない。これも、あんなに可愛い猫は、皆が好きなはずだ、という思い込みであり、先のクマ被害を「すべて人間側に原因がある」と発言したのと根っこ部分が同じなのだ。人間より動物が大切。人間より自然が大切。川は自然のままに。動物も自然のままに。人間が出す二酸化炭素が地球を汚し、人間が作り出す兵器が争いを加速させる。確かに一部、その通りではあるが、大部分の人間は、静かに、争いもせず、生きている。なので、自然や野生崇拝主義者は、自ら森に乗り込んで、川のほとりで、安全に生活をしてほしい。鹿やクマとも親しくなり、楽しく暮らしてほしい。 

現実は常に厳しい。ユートピアは存在しないがゆえに、ユートピアなのだ。平和を望まない人はいないだろうが、それぞれがほんの少しの悪と大部分を占める善を抱えて、生きている。ちっぽけな人道主義者は、多分、その現実を許さない。 

                          2026年 5月1日 間島

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