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【その175】某月某日 ”閉店のきざし・・・ ”の巻き

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某月某日  “閉店のきざし・・・ ”の巻き

結構頻繁に訪問していた飲食店が突然閉店すればだれでも吃驚すると思うけど、“そういえば・・・”と言えるきざしが必ずあるのよね。料理・接客・雰囲気のいずれかが、または全部?にほころびが見えだしていたってこと。N子はそのわずかなほころびを感じていたのであります。っていっても、後の祭りというか理由づけにしかならないけど。

その店は、好きな料理を選んで自分なりの定食をいただくスタイルで、選び方によっては栄養バランスも良く、値段も安心。ほぼセルフサービスで、気楽にランチを取れるので、月一は行ってたかな。結局は、いつも同じメニューになるけど、月一くらいだから飽きることも無くそれなりに重宝していたの。でもね、ここ半年くらい、接客がスムーズに進まず、お客さんがレジで列をなすケースが増えていたし、客席の床が脂でべたべたになっていたし、メニューに殆ど変化がなかったわ。危険信号が灯っていたってことね。何より接客の段取りの悪さが目立っていた。結果として、レジで人が詰まってしまう。一応チェーン店なので接客マニュアルはあるはずだと思うけど、素人集団にしか見えなかったわ。コロナ禍でも、開けばお客で一杯の店も多い中、徐々に客を減らしていた様子だった。閉店には必ず、理由があるのよね。

大手スーパー内の飲食店もしばらく行かないうちに閉めてしまって、スポーツクラブになっていたのにも驚いたわ。なんでやねん!って感じ。ま、そこも素人経営って印象の店でしたわ。素人っぽさが受ける場合も勿論あるけれど、それはあくまで、ぽさにとどまっているのが条件。小さな飲食店といえども、プロ意識がなければ、とても厳しい経営を乗り切ることはできませんぞ。常にお客さんに目を配り笑顔を絶やさず、店内を清潔に保ち、料理に変化を持たせ、目玉商品を開発し、儲けを出す仕組みを創り出して、やっと5年、10年の経営を乗り切り、何十年の店に育てていく。ひゃあ、大変だ。とてもじゃないけど、わらわには務まりませんわ。あたり前だけど・・。

・・続く。

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顧客満足の複雑さ155(表題の真偽と相対性)

     顧客満足の複雑さ155「表題の真偽と相対性」 

新聞は読んでいる。購読部数が全新聞社で減少しているが、新聞にはネットには無い良さもある。色々な情報が誌面に詰めあわされているので、読みたいものだけを取捨選択できる。またシリーズ化している記事が興味を惹けば、ひとつの楽しみにもなる。あとでじっくり読み返したい場合は切り取りも出来る。これらはすべてネットやユウチューブでも出来ないことはないが、選び方次第で情報がかなり偏ってしまうきらいはある。新聞は一紙の中で、政治・経済・文化・娯楽等々、寿司詰め状態だ。ただその内容がいい加減で、子供だましとしか言えないとすれば問題だ。 

某新聞の2021衆院選関連記事で、女性議員志望の少なさを提言していた。表題は「女性議員志望わずか8%」。どういう数字かと読めば、日本財団が18~69歳の女性1万人を対象に行った調査で、政治家になりたいかを尋ねたところ、“思う”と“やや思う”を合わせてもわずか8%弱だったという。記事は「議会には多様な世代と性別の人がいるべきだ」と訴えている。じっくりと読み進んで驚いた。その調査は31年前の平成2年に実施されたものだった。現状を提言するときに、31年前の調査結果を元にして内容を組み立てることなどあり得ない。しかも男性を対象にした結果は無い。男性の議員志望率が女性のそれよりもはるかに高いというデータが何もない。すべては比較対象してこその訴求力であって、ただ単に主張したいことを、はるか前のデータで無理やり関連付けしたとしか思えない。

比較することで物事を実証するのは相対的評価であって、正確で信頼できる最新のデータまたは実際の見聞が必要だ。コロナ情報はそれに属するが、往々にして情緒論に陥り、ただ不安をあおるのが目的になってしまっている場合も多くある。本当の情報を欲しければ自分でデータを探し、自ら分析することは可能だが、面倒ではある。よってテレビや新聞(新聞の方が少しはマシだが)の情報を表層的に受け取ってしまう。ここで思い出した。日本の著名なジャーナリストが中近東の王族の方と対談している場面で、彼は自分の持論を“国民はみんなそう思っている”と伝えた。いつもの常とう手段だ。日本ではだれも反論しない。ところが相手は、“それは貴方の意見でしょう。(I‘t Your Opinion)“とすぐに切り返し、当のジャーナリストは何も反論できなかった。日本のマスコミ層の甘さが露呈した場面だ。主張や論議の元は、相対的な判断力が不可欠で、データのすべては相対的評価の基となる。飲食店や宿泊施設も相対的価値感による評価が基となり、実際の体験が加味され、満足度が決まる。ただし、自分自身に対する幸福度や満足度は、絶対的評価に基づいた方がストレスは少ない。 

淡路島のリゾートホテルに泊まる機会を得た。すべてに整ったホテルだったが、内外の広いスペースを各種プールが占めているのがいかにも勿体ないと感じた。それらプールが息づくのは夏の3カ月ほどだろうか。代わりに温泉の大浴場があれば、より魅力が増すだろう。バブル景気末期に誕生したそのホテルは運営主体を変えていた。これからも続く厳しい時期を乗り越えてほしいと願うと共に、地に足の着いた日本ならではの魅力の発信に期待したい。日本人客のニーズにいかに合わせられるかが、今後の成否を決めるだろう。   2021年11月1日 

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食文化の豆知識181 食文化の現状160(食の魅力はどこにでも)

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食文化の豆知識181 食文化の現状160(食の魅力はどこにでも)

スーパーの野菜や果物の陳列が微妙に変わってきました。季節の変わり目と言うのでしょうか。つい先日まで山のように積み上げられていたトウモロコシがどの店に行っても見つかりません。好物で今夏は毎日のように、ゆでトウモロコシにかぶりついておりました。来年までお預けでしょうか。代わりに、と言ってはなんですが、栗や松茸が・・・。栗はともかく、松茸は高くて手が出ません。果物は、百花繚乱のごとく、にぎやかです。梨、柿、ぶどう、りんご、みかんが、美味しそうに顔を並べています。一年中で、今が最も種類が豊富のようで、まさに味覚の秋、の面目躍如です。あと二カ月もすれば、みかんが主役の座に座り、りんごといちごが脇を固めます。いずれにしても、売り場はすっきりとシンプルになります。こちらも迷わずに済みそうですが、みかんの種類が多くて、またまた迷いそうです。

コロナ禍で内食の機会が増え、お取り寄せ食材や高価な食材の売れ行きが良いようです。高い牛肉も結構、売れていくとか。外で食べたと思えば、安いもの?ということで、高価格食材を自宅で楽しむ人が増えている。飲食店は、場所を提供し、接客をし、調理をして、代金をいただいています。より快適か、より丁寧な接遇か、より高級食材か、によって、価格差も生まれます。それと比べれば、原材料だけで済む内食は、実を取るには最適です。でも、やはり外で飲むお酒は美味しいし、プロの料理も楽しめます。これからは、うまく使い分けをするひとが増えてくるでしょう。食べる楽しみの機会は増えた方がうれしい。成熟した食生活、の幕開けかもしれません。 

食生活アドバイザー 間島万梨子

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【その174】某月某日 ”皆、大喜びです・・・ ”の巻き

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某月某日  “皆、大喜びです”の巻き

緊急事態宣言解除を受けて、休業していた周辺の店も再開しました。でもなんか妙な感じなのよね。宣言下でも、ずっとがんばって営業していた店もあるし、しっかりと?休業していた店もあるし。これって、どっちが正解?というか、どっちが店にとって良かったの?良かったことなんてあるかい!って、叱られそうだけど、分かんないのよね。ま、どちらも今は元気に店を開いているので、問題は無いんだけど、多分、店にとって不公平感を持ったところもあるんだろうなと拝察いたしますわ。

で、解除後、大手スーパー内のお好み焼き店に行ったら、スタッフの女性が、解禁後、どっとお客さんが押し寄せて、“生ビール!”“ビール一杯!”の声が鳴り響いたんだって。鳴り響きませんが、オーダーがとても多かったらしい。とにかく生ビールを飲みたくて、お好み焼店に来た、というお客さんがいて、“やはり、生ビールには、焼肉か、お好み焼か、串焼きやでぇ”と、叫んでたらしい。叫んでません。うん、気持ちは分かる。分かるよ。たんと飲んでくだされ。

そのスーパー内のレストランでも、“お酒は出せません”の標識が入り口に立てかけてある店も多くあって、これは“認定店”かどうかの結果なのよね。あらかじめコロナ対策の認定店の資格申請をして、許可してもらった店だけが、解除後に、お酒を出せるのです。“うちは頑張って認定店の承認を得ていたので、お酒がだせるんです!“と、高い鼻をより高くしていたわ。認定店の許可を受けていない店は、あわてて申請してるらしいけど、時間が結構、かかるんだって。コラ、早く許可出せよ。って、ワタシが言ったのではなくて、申請中で許可を待っている店からのオネガイね。                ・・続く。

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顧客満足の複雑さ154(日本における平等の感覚)

   顧客満足の複雑さ154「日本における平等の感覚」

 宿泊施設にしても飲食店にしても、高級路線を取っているところは多くある。宿泊に関しては、施設そのものが一泊6万円以上の富裕層限定対応の特別豪華仕様のところとは別に、様々な利用目的に応じて値幅を広く取っている高級旅館やホテルもある。その場合、価格差は、部屋の広さや設備によって決められている。スイートをはじめとする高価格帯客室を設けてはいるが、都心の場合はビジネス客から一般客まで幅広く受けいれているのが現状だ。よってパブリックスペースはすべての客の共有利用スペースとなる。あくまで価格差は部屋次第というわけだ。内部飲食店も予算に応じて、好きな場所を選べる。そこには予算次第で自由に楽しんでください、というおおらかさがある。だからホテル利用時には、どのクラスの部屋を選んでも、それは部屋の中だけの満足感となる。高級旅館にしても、露天風呂付きや広さ如何での価格差が一般的で、大浴場やロビー、その他はすべての客が利用できる。そのスタイルが変わりつつある。 

日本では高級ホテルに宿泊することなどめったに無いが、かつてカナダに取材訪問した際は、主催がカナダ大使館ということもあり、大使館側が用意してくれたのは、すべてが高級ホテルだった。部屋も高層の高価格帯であろうと思われ、殆どのホテルに高価格帯客室利用客専用のエグゼクティブラウンジがあったのを覚えている。強く記憶に残っているのはそのゆとり感とリッチ感、そして特別感だ。殆ど客がいない空間には、常時スタッフが待機し、利用者が入るや否や、至れり尽くせりのサービスを受け、高層ゆえの広がる眺望を独り占めできる。まさに特別待遇そのものだ。ただ、リラックス感と一抹の罪悪感を覚えつつ、このスタイルは日本ではなじまないだろうな、とも思っていた。予算に応じた選択肢は勿論あるものの、独特の平等意識が日本にはある。そして今、遅まきながら、高価格帯の客室利用客専用の「エグゼクティブラウンジ」をハイアットリージェンシー東京ベイ、神戸メリケンパークオリエンタルホテル、帝国ホテル大阪が新設するという。密を防ぐという、コロナ禍での需要や、コロナ禍収束後の富裕層インバウンドを見込んでの新設なのだろうが、それが高額消費者を取り込む一因になるのかどうかは分からない。 

友人が数年前にバリ島観光に行ったところ、あまり楽しめなかったという。理由を聞くと“周辺から疎外されたリゾート地で、そこだけがリッチな空間だった。周りは貧しそうに見えた“のが気になったらしい。随分とセンシティブだなと思ったが、自分自身のフィリピンのセブ島観光を思い出した。充分にリゾート感覚を楽しませてもらったが、バスで市街地に行った際に見た、裸足で重い荷車を曳く痩せた男性、家の前でぼんやりとただ地べたに座っている男性の姿が、胸に重く入ってきた。友人と同じ感覚だ。この感覚は、多分欧米人には無いだろうと思う。かつてアジア・アフリカに植民地を持ち、奴隷制度も歴然とあった国々の人々は、特権をいとも簡単に享受してためらうことはないだろう。日本人のナイーブな、そして独特の平等感覚は、いつまで続くだろうか。

          2021年10月1日 

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顧客満足の複雑さ153(真実を見極めたい)

     顧客満足の複雑さ153「真実を見極めたい」 

JR渋谷駅近くの、16歳から39歳を対象とした予約不要なコロナワクチン接種会場に、初日の8月27日早朝から接種希望の人たちの長蛇の列が、1キロに及んだ。限度300名でもって接種は打ち切られ、28日からは並んだ人たちによる抽選制に移行したという。外れれば“労多くして成果なし”ということだ。黙々と並ぶ若者の映像を見て、胸が痛くなった。“若者にはワクチンを打ちたがらない人が多い“とのメディア報道の決めつけが、いかにいい加減なものかが分かる。確かに確率からみれば、ワクチンに拒否反応を示す人は、その他の年代よりも若干多いかもしれないが、圧倒的に打ちたい人が多いのだ。冷静に考えれば、打った方がメリットで勝ることくらいはだれでも分かる。喫緊の年齢別感染者数をみれば、一目瞭然だ。8月26日の65歳以上の大阪府内感染者数割合は全体の3.4%だが、半年前の2月の時点では、35%を占めていた。今、65歳以上の2回ワクチン接種率は85%を超える。いくらメディアがワクチンへの恐怖をあおっても、データには勝てない。そして若者たちも一部を除いては、ワクチンを打ちたがっている。酷暑の中で静かに並んでいた彼らの表情が目に焼きついて離れない。一日も早く、ワクチンを希望する人たちへの接種を、ありとあらゆる知恵と手段を結集してすみやかに完了してほしい。

さて最近、驚愕というより、むしろ嗤える事件があった。テレビ朝日のオリンピック担当者たち総勢二ケタ台の人間が集まって、オリンピック閉会後の8月8日夕刻から9日未明にかけて、一次会から二次会まで打ち上げを十二分に楽しんでいたというものだ。緊急事態宣言下での堂々たる会合だ。従来なら、外部にはばれなかったところが、二次会のカラオケ店で同席していた女性が二階踊り場から飛び降り、道路に転落。外を歩いていた一般人が驚いて警察に通報したことから、この前代未聞の醜聞が明らかになった。あくる日、同局の朝のニュースで、MCが謝罪したらしいが(観ていないのでその時の様子は分からない)、その後、何の説明も無い。最も不思議なのが、週刊誌に関連記事が一切掲載されないことだ。官僚や議員、その他著名人のコロナ自粛破りを事細かくあげつらって非難していたのに、揃って沈黙を守っている。同じ穴の貉だからか?と思ってしまう。テレビ・週刊誌・新聞等メディア関連者のレベルは所詮こんなものです、と自ら言っているようなものだ。それとも内部調査に真剣に取り組んでいるがゆえの沈黙で、追って上層部の謝罪や説明が聞かれることになるのだろうか。いずれにしても、久々に嗤わせてもらった。そりゃ皆、楽しみたいよね、と寛大な気持ちになりそうなのが恐い。                              2021年9月1日 

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【その173】某月某日 ”地球は勝手もんです・・・ ”の巻き

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某月某日  “地球は勝手もんです”の巻き

お盆の時期に、これだけ雨が続いたことがあるでしょうか。記憶にございませんわ。昨日も今日も明日もあめ・アメ・雨・レイン。ほんとしつこいわ。各地での水害が心配。かたやヨーロッパでは山火事が?あれもそれもこれも、地球温暖化のせい?自然気象の異常はすべて人間のなせる技ならば、この雨も止めてよ。出来るはずよね!出来ないの?オカシイな。

ってなことで、雨に怒っております。でもこの全国的な大雨が、オリンピックの最中で無かったことに、妙に感心しております。ラジオで妙なおっさんが、“こんな暑いさなかに、オリンピックやるな!”って叫んでたけれど、そんなもの最初から分かってたこと。そして、オリンピックが終わるのを待っていたかのように、雨・雨・雨の日々が。メダルを取れなかった人達の涙雨でしょうか。そんなロマンチックなことはありません。ただの前線停滞です。早く消えろ!かなりいらだっております。でもね、何を隠そう。ワタシは雨女の称号がありますの。本人は全く同意しておりませんが、いざ、というお出かけ日にはなぜか雨が降ることが多い。確かに・・。思い返せば、あの時も、この時も、傘をさしてレインコートを着ている写真が残っているような。

気を取り直して、いつかは雨も止んで、また灼熱の太陽が照り付けることでしょう。そう、地球は勝手ものなのです。平均的雨量というのは、各年の雨量を何年か足して、その間の年数で割っただけのことで、“平均”ということばがオカシイ。“平均“が、マトモなわけでもないのです。色々な差異があるのは当然で、その平均値を出して、それがいかにも正しい数値、のようなマジックをかけているとしか思えませんわ。だから、平均からはずれていても、ちっとも変ではないのです。平均的人間なんて、気持ちが悪い。それと同じ。多分、地球上のことだってそう。それらをやはり受けいれるしか無いのだと、この大雨の中、妙に納得しましたわ。でもね、早く止んでくれ!

・・続く。

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食文化の豆知識180 食文化の現状159(誇れる食)

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食文化の豆知識180 食文化の現状159(誇れる食) 

日本選手たちのめざましい活躍を残して、東京オリンピックが閉会しました。無観客の淋しさを埋めるに充分な熱気が伝わってくる試合の数々でした。振り返れば、従来であれば、つまりコロナ禍の状態でなければ、開会式は全く異なったものになっていたでしょう。日本の誇る大花火や各地の華やかな伝統色のあるお祭りなどが、絢爛豪華に会場を圧倒していたと思います。でも世界中が苦しんでいる状況下でのオリンピック開催、その開会式として精一杯の創意工夫があったと感じています。ドローンによる神秘的な地球や、自在に変化するピクトグラムも斬新でした。まさにテレビ観賞向けの演出でした。 

そして何といっても、選手たちに食を提供する選手村のレストランが、大活躍だったようです。24時間オープンで、700種類ものメニューを用意し、1日4万5千食を提供したとか。各国の料理に加え、べジタリアン食やハラル食などを揃え、選手たちを支えました。かなり好評だったようで、関係者の方々の努力が報われたのではないでしょうか。美味しそうなお菓子を大きな手で、どっさりと掴んでいくほほえましい映像も流れていました。フルーツもアイスクリームも食べ放題。訪問してみたかった夢のレストランです。事業を請け負ったのは、企業向けの食堂運営を展開する、ケータリングでは最大手の会社だとか。豊富な経験と実績がオリンピックというビッグなイベントでも充分に発揮されたのでしょう。繰り返しますが、この目でずらりと並ぶ料理の数々を見てみたかった。そして味わってみたかった。食い意地が張っております。 

日本が誇れる食文化を、世界へもっと発信してほしい。また国内においても、今回のオリンピックのスケール並のレストランイベントを開催してほしいと思いました。規模の大きさから、大都市での開催が望まれるでしょうが、チケット制にして、フリースタイルで食を味わい尽くす?そうなると、1日では限界があります。何日かかるでしょう。はてさて、かなわぬ夢となりそうです。

食生活アドバイザー 間島万梨子

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 顧客満足の複雑さ152「勝つことの価値」

     顧客満足の複雑さ152「勝つことの価値」 

東京オリンピックが開催された。日々熱戦が繰り広げられ、日本選手の活躍ぶりに目が離せない。主催国の有利さは当然としても、増えていくメダル数は率直に誇らしくもある。無観客開催に関しては否定的な意見の方が多いようだが、苦渋の決断であったのだろう。プロ野球などは観客を入れているではないか、との指摘はあるが、50種類もの競技が日々展開されるオリンピックと同列には扱えない。競技に伴い会場も時間帯も規模も異なるのだ。観客を入れてのコロナ対策にも限界があろう。無観客なら、感染者数の多さに苦しんでいる他国でもどこでも開催できる、というのも暴論だ。開催がどれだけ大変なことか、の想像力に欠けていると言わざるを得ない。大変だからこそ、4年に一回であり、最近では手を上げる候補地が減少しているのだ。名誉ではあるが、負担がとてつもなく大きい。連日の戦いを観るにつれ、現場で競技を支える人達の働きに敬意を表したい。そして何より無事に閉会式を迎えられることを祈るばかりだ。

メダルを勝ち取った選手の喜びは一様に晴れ晴れとしている。一方、期待されながらメダルを逃した選手もいる。勿論花舞台には立てず、メディアも黙殺する。スポーツは強弱を競う勝負なのだと改めて痛感する。技を極めるために、そして頂点に立つためにどれだけ日々の訓練が重ねられたのか、素人には想像もつかない。世の中にはスポーツを得意とする一般人は多い。レベルの高い人も結構いるが、オリンピックでの勝利の果実は、ただそのことだけに、飽きることなく、日々練習を重ねることによってしか得ることが出来ない。そして勝負はほとんどが微差によって決着がつく。特にオリンピックでの勝利は選手にとっては一生の勲章となる。そこが他の大会と大きく異なるところだ。その意味でも、東京オリンピックが開催出来たことは意義があると思う。大会運営に関しての各国の選手や関係者の不満を、ことさらに取り上げて放映するメディアのだれが、力を駆使して戦う選手たちを観る以上の喜びを視聴者に与え得るだろうか。

さて、コロナ感染者数が激増している。この2年、年齢別感染者数を追っているが、ここ数週間は明らかに年代別感染者数に大きな変化が表れている。60才以上の感染者が激減し、7月30日では、大阪でも94%を50代以下が占めた。現役世代であるこの層の感染者数は、緊急事態宣言を再動しても著しい減少は難しいだろう。各国の状況を見ても分かる。とにかく事業所、学校、その他コミュニティごとに、ワクチン集団接種を急ぐしかない。ワクチン接種後の特典付加も一案だ。“不平等だ!”の声をはねのけるパワーが現政権にあるとすればだが。
                                間島      2021年8月1日 

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食文化の豆知識179 食文化の現状158(多作による質の低下)

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食文化の豆知識179 食文化の現状158(多作による質の低下)

季節ごとに出回る果物をいただくのが大好きです。外国でも果物は人気のある食材でしょうが、日本のように生のままで食すのではなく、ジャムに加工したり、ケーキに入れ込んだり、また料理に使うことが多いようです。なので、甘さや見映えにはあまり重きを置きません。外国で食べた果物は、パイナップルやマンゴーのような南国のものを除いては、苺もリンゴも葡萄も桃も、日本以上に美味しいものに出会ったことはありません。それはもう段違いの差異があります。日本の果物は素晴らしい。ただ残念なのは総じて値がかさばります。高いのです。それだけ手がかかるということなのでしょうか。美しい形で、甘さを蓄えた状態での収穫は、多くの手間と努力の結晶です。でも高い・・。日本に住む外国人留学生が、テレビの一場面で日本での食事風景を語っていましたが、果物は一切でてきませんでした。本人曰く“高くて食べられません”

それでも旬の頃には、手ごろな価格になっていることもあり、思い切り味わえるのが待ち遠しい。また品種改良というか、新しい味わいの果実も出現し、果樹農園の方々の努力にあたまが下がる思いです。ただ、ある果物が消費者の人気を集めたとなると、他の生産者もどんどん参入してきて、結果として全体の味と質が落ちてしまう、というケースもあるようです。もう数年以上もまえのことですが、初めて清見蜜柑を食べたときの衝撃は忘れられません。それはもう甘くてジューシーで、ほっぺたが落ちるほどでした。すっかりファンになりました。そして何年か後には市場に清見蜜柑があふれ、中にはこれが清見?と思うようなものも出回り、かつての人気はありません。他に、美味な蜜柑が多種出てきたことも一因でしょうが、清見ファンとしては残念なことです。ある種がヒットすれば、我も我もと生産量が増え、結果として価値を低めてしまう。これを防ぐには、やはり種の保護が必要なのです。品種を名乗る条件を厳格にもうけ、一定水準をクリアすることを義務付ける。そのことによってブランド力が守られるわけです。小玉スイカもそうです。食べやすさと保管の便利さ、それに抜群の甘さで、よく購入していました。今ではスイカ売り場のほとんどが小玉スイカで占められています。良く売れるからでしょう。でも以前と比べ、甘さが物足りなく感じるのは、気のせいでしょうか?このままでは魅力が低下しそうです。品種の開発はたゆまぬ努力のたまものです。それを守る規則がないと、ヒットすればすぐに同じ名前で市場に出てしまう。日本の素晴らしい食を守る意味でも、ブランドのハードルはきちんと守って、価値と質を下げない工夫も必要です。それは世界市場でも求められるでしょう。

食生活アドバイザー 間島万梨子

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