顧客満足の複雑さ166(介護事業の特殊性)

      顧客満足の複雑さ166「介護事業の特殊性」  

特養を含む介護事業所での、利用者に対する介護職員の虐待事件がある度に、この仕事の特殊性を痛感せざるを得ない。増え続ける利用者とあいまって、介護事業所の増設はとどまることを知らない。結果として、この業界は常に人手不足状態にある。要支援や要介護の人を世話するという重い職責にもかかわらず、資格がなくてもとりあえず働くことができる職場であるがゆえに、より良い条件を求めての出入りが多く、また肉体労働下で体を痛めて離職する人もいる。勿論、介護職員初任者研修を経て、介護福祉士やケアマネージャーへのステップアップへの道を堅実に歩む人もいるが、養成学校での研修を終えれば、だれでも介護職員として働くことができる。かつて自宅での母の介護で、ヘルパーさんにお世話になったが、個人の資質の差は大きかった。「この仕事は定年が無いのでその気なら何歳までも働けるし、だれでも出来る」と、かなり年配のヘルパーさんは言った。幸いにも真面目な人たちに恵まれ、トラブルはほとんど無かったが、中には、この仕事には向いていないのでは、と思う人がいたことも事実だ。それが前述の介護業務の特殊性だ。研修を受けて一通りの介護業務に日々携わることにさほどの困難性はないが、心に“奉仕”という軸を持たないであたると、利用者ともども不幸な結果を招いてしまう、ということだ。

福祉大学を出て、障がい者施設で長年にわたって働いている従妹がいる。とにかく穏やかで気が長い。日ごろよりあくせくしているわが身とは環境の差が違いすぎるゆえに、めったに会うこともないのだが、彼女の根底にある“優しさ”が生来の資質なのか、仕事で培われたものかわからない。でもその“気の長い優しさ”こそが障がい者にとって、安全と幸せをもたらす要なのだということはわかる。高齢者介護事業も同じことだ。

で、逃亡先の北海道で先日逮捕された虐待事件の加害者には、「穏やかな気の長さ」が決定的に欠けていた。50代の男性と聞く。介護の仕事に男女差も年齢差も無いのは当然のことながら、加害者は、本人にとって従事してはいけない仕事を選んでしまったのだ。被害者の腕をまるで木を折るように折り、頭を殴打して死に至らしめたという。かっとなって。その荒々しい気の短さを施設側は認識していなかったとしたら、従業員管理の責を問われて当然だし、もし認識していたとするなら同罪であろう。介護業務はだれでも今日からでも始められる。ただ一番の必須資質である“気の長さと優しさ”が無い人には、決して携わってほしくはない。今回の被害者である高齢女性がどのような人生を歩んできたのか知る由もないが、その無念はだれが引き受けられるのだろうか。

2022年10月1日  間島

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