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顧客満足の複雑さ 117 「固定客の確保と流動化」

 顧客満足の複雑さ117「固定客の確保と流動化」  

利用する頻度が高ければ高いほど、利用先の固定化が強まる。例えば昼食の外食利用時などは、訪問店がほぼ同じという人も多い。そこまでいかずとも、数店舗を回し利用している。これが夕食となると、利用範囲は広がりを見せる。移動時間に余裕を持たせられるのに加え、利用頻度が昼食ほど高くは無いので、その時の気分や予算、同行者に応じて行き先が選択される。この状態を提供側からみると、昼食時にリピート客が占める割合は、夕食時よりはるかに高いという結果につながる。客単価が低めの昼食時に安定した客数が見込めることは売上の安定にもつながり店にとっては有難い状況だろう。ただ昼夜営業の店にとって、収入源は夜間営業時である。例外もあろうが、大方の飲食店の稼ぎどころは夜間にならざるを得ない。アルコール類が加わっての客単価の高さと、営業時間の長さからくる売上額は、昼食時の数倍となって当然だからだ。ただ、安定した売上と言う意味で夜間営業においても、固定客は非常にありがたい存在となる。ゆえに、どの店でも、リピート率をあげるための努力は惜しまないはずで、その努力の跡が見られない店は早晩閉店を余儀なくされるだろう。ならば客数を補えるほどの高い客単価で稼ごうとしても、それには料理・雰囲気・サービスの特質性と立地の優位性が必要で、一般的な店が簡単に目指せるものでもない。 

つまり、顧客固定化、なじみ客の確保は、飲食店にとって最も重要な要素であり目標でもある。これは宿泊施設でも同様で、余程のネームバリューか特別な立地を擁していない限り、リピート率は運営の成否に影響する。その視点からみると、新聞誌上で、何段かの大広告を頻繁に出しているホテルがあるが、高額な広告料を払い続ける理由は、余程、客室数が多いか、リピート客が非常に少ないか、のいずれかではないかと勘ぐってしまう。言葉を変えれば、うちは一見客だけしか来ないです、と明言しているかのように思える。広告宣伝の効果を無視するものでもないが、あまりの露出はかえって、内実の乏しさを想像させてしまう。また、何度か訪問したことがある、10室前後の殆どがリピート客で埋まる良質の宿泊施設が、食をメインにしたテレビの紀行番組で体験紹介されたとたんに、新規予約が殺到したため、“しばらくの間、満室状態が続きます。ご迷惑をおかけします”との謝罪メールが届いた。それら新規客がめでたくリピート客に移行してくれるなら、テレビへの露出も有益だが、果たしてどうなのだろう。結果の是非はかなりあとになってみないと分からない。リピート率の高さは、その対象の真の力を表わす。 

ことほどさように、リピート客の確保は、サービス業にとって何より大切な命題ではあるが、かなりの難関でもある。個人的にも、二度目の無い飲食店は少なからずあるし、その魅力に惹かれ再訪問した旅館は数少ない。次は異なった地域を楽しみ・異なった施設に泊まってみたいと思うのが自然の欲求だからだ。だから、現実の数値で、リピート客が占める割合がとても高い旅館やホテルの努力はいかばかりかと、尊敬しきりであるが、固定顧客は年を取り、環境も変わる。流動する。よって常に3割以上の新規客は必要となる。その新規客の多くがリピート客になってくれれば、その店・施設は盤石といえるだろう。                   間島

                    2018年9月3日     

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顧客満足の複雑さ 116 「ようやくプラスティックごみ対策」

顧客満足の複雑さ116「ようやくプラスティックごみ対策」 

                      飲食担当 間島 

何故日本は、各国に先駆けてのグローバルな規制実施に、極めて慎重なのだろうか。関連企業への配慮の深さゆえか。世界での、プラスティック製品禁止の動きのことだ。過剰なプラスティック製品の氾濫には、数年前から色々な場を借りて、またこの欄でも警鐘を鳴らしてきたつもりだが、まさにごまめの歯ぎしりで、市場は何の変化もなかった。ただここにきて世界の、主に先進国のプラスティックごみ対策の加速により、日本もようやく重い腰を上げだした。遅きに失すると言いたいが、まずは歓迎せねばなるまい。現実に何が出来て、どういう効果が出るのかは別にして。

国際的な動きを導いたのは、海洋汚染問題だ。世界で年間900万トンのプラスティックごみが海に流れ込むことによる海洋環境の悪化が、プラスティックごみ対策への国際的関心を急激に高まらせた。米国ではコーヒーチェーン大手のスターバックスなどが、プラスティック製使い捨てストローを廃止する方針を固めた。フランスは2016年からレジ袋配布を禁止しており、2020年からはプラスティックカップや皿の販売も禁止する予定だ。英国でも2019年からストローやマドラーの販売を禁止。インドは2022年までに使い捨てプラ製品を全廃するというから驚きだ。日本で、世界的な広がりに素早く呼応したのは外資系ホテルで、紙製ストローへの切り替えなどが加速している。

で、日本国の方針だが、近く「プラスティック資源循環戦略」を策定するという。戦略は、使い捨て容器包装などの削減、使用済みプラスティックの回収とリサイクル、植物を原料としたバイオプラスティックの開発と転換、の三本があげられているが、具体的な戦術・対策は見えていない。市民生活や産業への影響を慎重に検討する必要があるらしい。が、主に、産業(企業)への配慮が優先されていると思われる。現実の生活で、大量のプラスティックごみに触れ、そして捨てているのは家事を預かる人たちだろう。一回のまとまった買い物で出るリサイクル不能なプラスティックごみは、生半端な量ではない。勿論、ペットボトルやトレイなどをリサイクルに回した後のことだ。もともとプラスティックストローなどは家で何年も使ったことがない身としては、ストローに端を発した動きに感嘆するものでもないが、何がきっかけでも良い。これを機に、プラスティックごみの現実を直視し、分析し、整理し、削減する方向に向かわねばならない。野菜などをはじめとする生鮮品の量り売りへの移行だけでも、大きく改善する。現状の個別ラップは、鮮度を保つためだとか、売りやすいとか、消費者も望んでいるとか等の理由付けは、わんさか出てくるだろうが、発想の転換が望まれる。ことは急がねばならない。プラスティックによる過剰包装は文明の証でもなく、誇るべき文化でもない。

                    2018年8月1日

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顧客満足の複雑さ 115 「食品添加物問題」

顧客満足の複雑さ115「食品添加物問題」 飲食担当 間島 

このところ、ある週刊誌の“食べてはいけない国産食品実名リスト”記事の連発が世間を賑わしているようだ。その食品に含まれる添加物が人体に悪影響を及ぼす可能性があるとして、会社名と商品名を列記したもので、まさに一方的弾劾裁判の様相を呈している。で、ついにはライバル誌が、“その食品は本当に危険なのか”の疑問を投げかけるにいたり、乱戦状態になってきた。このところの週刊誌は健康雑誌のようだが、個人的には、前誌が取り上げた食品添加物などによる健康被害の警告記事を押したい。というのは確かに、日本の食品の添加物天国状態は目に余るからだ。他国の状態は正確には知らないので比較できないが、日本の食品を安く仕上げるための方策として、添加物使用が当然のようにまかりとおっている状態は確かだろう。それが本当に危険であるかどうかは別問題として、加工食品や菓子・パン類、冷凍食品などの原材料を見ると、めまいがしそうなほどの添加物が表示されている。企業側の言い分はどこも“すべて厚労省が定めた省令にのっとって使用している“で統一されている。つまり法律違反はおかしていない、ということだ。 

他国の状況は知らない、と切り捨てて無知を恥じないのもいかがかと思い、若干調べてみた。結論は“分からない”となった。日本の添加物認可数はアメリカの2.6倍、ドイツの約5.5倍、フランスの約11倍と、とびぬけて多いものの、各国で基準や分類方法が異なるので一概には比較しにくい。せめて先進国間で国際基準を作るべきだろうと思うが、そのようなきざしは全くない。となるとやはり個人個人で、口に入れる食品に関して選択眼を持つ以外にはない。添加物により食品が飛躍的に長持ちをし、味も良くなり、衛生的になったのも事実なので、それらを危険視する週刊誌報道の過激さにも眉をひそめたくなるが、亜硝酸塩(発色剤)とソルビン酸(保存料)、タール系着色料の3種類が添加されている食品だけは、我が家でもなるだけ購入しないようにしている。添加物使用の黎明期ならいざ知らず、今はそれらを添加せずとも一級の食品を作り出す技術は開発され、実行している会社も実際に存在するのだから、添加物使用の有無は結局のところ企業の倫理観次第ということになる。 

問題は、添加物が少なければ少ないほど価格が高くなりがちなことだ。果実と砂糖のみで作られたジャムは、ゲル剤やPH調整剤などが添加されたものの2倍近くはする。ハムでも、発色剤やリン酸塩、ソルビン酸不使用の無塩せきのものは、通常のハムの1,5倍の価格だ。添加物が多ければ多いほど価格が安いという、おぞましい現実も購入の判断の是非にいれるべき時代になっていると思う。健康もお金次第、となってはいけない。消費者に届ける食品は安く安全が原理原則で、希少食品や原価そのものが高い食品に限っては、それ相応の価格を付けて売ればいい。添加物まみれの食品が自然に淘汰されるとすれば、それは消費者次第なのかもしれない。 

                2018年7月10日                                               

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顧客満足の複雑さ 114 「インバウンドの増加と末端経済」

顧客満足の複雑さ114「インバウンドの増加と末端経済」 間島  

訪日外国人の増加は今のところ、とどまることを知らないようだ。地形学的に見て観光客の出身国にかなりの偏りがあるものの、新たな国からの訪日客が加わることで、その偏りも徐々にではあるが分散されてくるのではないかと思う。つまり万国から人がやってくるという理想的未来構図だ。アジア各国はまだまだ成長過程にある。観光客として今までに経験のない国からのお客さんも増えてくるだろう。となると、交通機関や小売店・観光地にほぼ定着した案内言語の種類、つまり日本語に英語と中国語とハングル語、この4種の言語にまた何種類かが新たに加わるかもしれない。おもてなし精神にあふれる日本人のことだ。遠くない未来、世界の言語が随所随所にほぼ羅列され、絶えず各国言語での案内放送が流れている状態を想像すると、いささか少し頭が痛くなる。 

かつてドイツを訪問した際、総合的にとても整った、折り目正しい国との印象を持った。ただ、観光客に優しいというわけでもなく、地下鉄では標識案内板は原則ドイツ語のみ、よくて英語併記で、おのぼりの我々観光客たちは下車駅を間違えないようにとても緊張していた記憶がある。車内放送はもともと無い。駅のホームにある駅名標識を必死でチェックするしかなく、不親切な国だなあと思ったが、こちらが異邦人なのだから仕方が無い、という認識もあった。今は多くの移民を抱える国として、どういう状態かは分からない。一方、日本に来る外国人客はうらやましい限りだ。デパートでも駅でも自国語の放送が流れる。日常に利用する大阪府と和歌山県を結ぶローカルな電車内でも、中国語の案内音声が流れる。今まで、それらしき観光客は見たことが無いのだが、とにかく流れている。おもてなしは無償の愛に通じるのだろう。 

これだけ増えたインバウンド効果が経済を潤しているはずなのに、その利益はどこに還元されているのだろうと不思議に思うことがある。経済は分からないことだらけだ。人手不足によりパートやアルバイトの時間給が引き上げられているのは分かる。需要と供給のバランスの問題だからだ。しかし、観光客増加で、立地に恵まれたデパートやホテル、交通機関、飲食店などは軒並み売り上げを増進しているのに、そこで働く人たち、正社員の給与が増えたという話は聞かない。忙しくなっただけだ、との嘆き節を聞いたこともある。企業が内部留保を増やしているのか、別件に投資しているのか、またはこっそりと仲間うちで使っているのか、蚊帳の外にいる人間としては、色々と想像してしまう。 

街を歩けば景気の良い風景に出会うことが多いのに、国内消費量が伸び悩んでいるのは、これもまた何故なのだろうと思う。日本人は豊かになったので、あえて欲しいものがもう無いのか、将来への不安感が強く家庭内留保にいそしんでいるのか、本当に貧乏なのか、いずれにしても、いびつな経済指数だと思う。潤沢な国内消量で、常に景気の良い米国と比べ、日本人は賢いのか、臆病なのか、慎重なのか、自分も含めて謎が多い。                  

                                               

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顧客満足の複雑さ 113 「実生活でのゆとり感とは」

顧客満足の複雑さ113「実生活でのゆとり感とは」飲食担当 間島 

間取りフェチとまではいかないが、一戸建てやマンションの間取りを見るのが好きだ。そこに住む自分を投影して、色々と想像をふくらませるのは結構楽しい。間取りの中で、つまらないなと思うのは、ハウスメーカー設計の元で建てられた殆ど同形式のものだ。普遍的ではあるが、そこに住むであろう人の、環境や個性が感じられず、したがって面白みは無い。特に水回りはワンパターンで、興味を引くスタイルのものは殆どない。一様にかなり狭く、機能的ではあるがゆとり感は少ない。ここに、生活環境に対する日本独特の価値観の名残りを見ることができる。表向きの、床の間などを備えた客間文化と、実生活裏ゾーンとの落差とでもいおうか。 

それに関連するが、ある共有制コンドミニアムの間取り広告が新聞誌上に掲載されていた。兵庫県のリゾート地に日本の企業が売り出したもので、管理会社による清掃サービスやルームサービスもついたホテル機能を備えているのが魅力らしい。しかし、その詳しい間取り図を見て驚いた。専有面積が55㎡の部屋から135㎡の部屋まですべてに、トイレ・洗面所・風呂の水回り施設が一か所しか無かったのだ。135㎡の部屋は2ベッドルームに2つの和室を備えており、リビングルームも大小2室あった。多分、マックス10名は泊まれるだろう。それで、トイレ・洗面所・風呂が一か所である。それより狭い部屋では言わずもがなである。これではとても、コンドミニアムとして、世界的には通用しない。この規模ではリビングルーム1室を削っても、トイレ・洗面所・風呂は最低二か所。さらに洗面台は広々としたダブルボールが常識だ。日本のコンドミニアムには、土地の狭さからくる合理性と片づけられない、実生活面での非ゆとり感がそこにあった。

ビジネスホテルの水回りの狭さは、まだ理解できる。一部屋を売る商売なので、出来るだけ部屋数を増やさなければ採算が取れないし、客も原則一泊程度のビジネス利用で価格的に見ても広い水回りは無理だろうとの諦めもある。しかし自宅や、癒しの空間を売るべきホテルやコンドミニアムは、より広くリッチ感のある水回りスペースが必要だ。日常の使用頻度が高い場所にこそ、ゆとりの空間確保が望ましい。以前、シティホテルのリニューアルで、新たに出現した6名宿泊可能ルームを見学させてもらった時、トイレが一か所しか用意されていなかったことにも驚いた。一方、かつて女性4名で宿泊した旅館で、トイレは一か所だったものの、洗面台がダブルボールで朝の支度時にとても便利だったことを思い出した。ひとえに提供側の理念に基づいた仕様といえる。しかし、まだまだ原点での生活面で、本当のゆとり感を重視するまでに至っていないのか、単に業者の儲け至上主義が先行しているのか分からないが、真の快適さへの道はまだ完成していないように思う。一方で、日本のサ-ビスエリアのトイレの充実度は群を抜いているし、代表的な巨大ショッピングモールのトイレも、広さと機能性では満点に近い。どちらもかなりの投資額が予想される。結局、要はどのポイントにお金をかけるのか、の結果が如実に表れているのだろう。

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顧客満足の複雑さ 112 「増えすぎる祝日の功罪」

顧客満足の複雑さ112「増えすぎる祝日の功罪」  間島 

今年は正月三が日が終わって三日目には、成人式を含む三連休が来た。もともと1月15日だった成人式を第二月曜日に持ってきたのは、1998年に施行されたハッピーマンデー制度の導入による。海の日や敬老の日、体育の日もハッピーマンデー制度による月曜固定祝日で、三連休が実現する。また祝日が日曜日の場合は月曜日が振替休日となるので、その場合もめでたく三連休となる。祝日自体は年間で16日もあり、先進国では最多だ。祝日の名目が明確なものもあるが、海の日、山の日に至っては、祝う意味が分からない。年末年始に匹敵するボリュームを持つ5月の大型連休もあり、日本はまさに休日オンパレードといえる。 

要は、働き過ぎの国民を休ませてやろうという、優しい心遣いのなせる結果なのだろう。欧米のように個人が長いバカンスを取る風習がなかなかに根付かないゆえ、公的に祝日を作り、先進国としてはこのくらいで充分でしょう、の思惑が見て取れるが、効果面から見ると良い政策と喜んでばかりもおられない。休日でも休めない職種を除いて、ビジネスパーソンが皆、休みとなると、当然に観光地や商業施設は込み合うし、需要と供給のバランスによる価格操作が働くから休日対応高価格が出現する。病院側も不便だ。月曜日が休みとなると、他の日に患者が込み合って対応が大変だし、患者側も土日のあとの待ちに待った月曜日なのに、病院が開いていない憂き目にあう。病院は三日間も休むべきではない。 

休日をやけに増やした背景には、前述したようにひとりひとりが交代で長いバカンスを取るスタイル導入の放棄がある。このバカンス制度を素晴らしいの一言で賞賛する気はさらさら無いが、そこに個人の自由な選択という極めて大人的な意志が働くだけでも、導入価値があるように思う。誰でもが夏に休みたいわけではない。冬に長い休暇を取って雪山にこもりたい人もいるだろうし、秋に2~3週間も仕事を離れて自然と遊べるならそのほかは土日だけの休みで充分だという人がいても良い。だれもが休む土日祝日の込み合う施設や高い宿泊料をやむを得ないとして、それでも出かける人々を否定はしない。そのようなシステムになっているからだ。リタイア組の元気な高齢者群はその間、家で喧騒が過ぎさるのを待てばいいだけのことだ。 

何故個人の自由選択休暇制度を導入できないのかの理由を探るだけでも、見えてくるものがある。導入すれば企業はもとより経済が破たんするのか?残された人達の仕事が増えて困るからなのか?休日高価格日が減少する施設の経営が困るからなのか?みんなと一緒、で安心する国民性が理由なのか?長く休んでもすることが無いという人が多いからなのか?すべてが理由のように思えるし、他に重要な理由があるのかもしれない。ただ、2~3週間も家から離れてのんびりとできる一定の受け入れ場所が少ないのは確かだと思える。観光地にある宿泊施設は概ね一泊二食制で成り立っているし、小さい別荘も持っている人は少ない。会員制リゾートホテルにしても、宿泊可能期間は限られるし何より高い会員権を支払わねばならない。となると、長期個人休暇制度の導入は、新しい業種の出現とそれによる経済波及効果も見込まれるだろう。どこもが込み合う日は、日曜日だけで充分だ。

                     2018年4月1日       

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顧客満足の複雑さ 111 「民泊の行方」

顧客満足の複雑さ111「民泊の行方」  間島 

本年6月に、民泊新法(住宅宿泊事業法)が施行されるが、それを大きなビジネスチャンスに結びつけようとする動きがある一方で、天下の悪法と捉える意見もあり、施行前からすでに、市場はざわめいている。この新法成立の理由は概ねはっきりとしている。インバウンドの増加にともなって不足が予測される宿泊施設の代替確保と、全国で増えつつある空き家・空き室の有効利用だろう。加えて、すでに横行しているヤミ民泊の規制目的もある。しかし、あくまで個人の住宅を観光客に貸し出してもらうのが、世界的に見ても民泊の本質であるはずが、結局のところ、不動産業界や賃貸住宅事業者とIT仲介業者が利点を得るのだろうし、住宅宿泊管理業者という新しいベンチャービジネスを生みだしたに過ぎない。それによる経済や雇用拡大効果もあろうが、いずれにしても、一般国民がこの新法によって恩恵を受け得るとは到底思えない。 

考えてみても分かる。現在住んでいる自宅に見知らぬ観光客を泊めたい人が多くいるとは思えないし、民泊向きの別荘やセカンドハウスや別宅を所有している人もごく少数派だろう。もっとも、相続したものの現在は住んでいない家屋を所有している人にとっては副収入を得る機会かもしれない。それとても立地によっては周辺住民とのトラブルを抱えるリスクを負う覚悟が要る。また、民泊新法を受けて、収入を確保するために新たに民泊対応可能な住宅を手に入れたとしても、宿泊上限が一年間で180日以下と決められているので、投資額のスムーズな回収が可能だろうか。余り良い儲け話ではない。だからこの新法は、ヤミ民泊に若干の歯止めをかける意味で多少は有効である、くらいにとらえていいのかもしれない。救いは、各自治体の裁量に、規制の部分をある程度まかせ得るという点だろう。

先日のテレビで、ベンチャー企業の住宅管理業者が、地方の農家の人達を集めて自宅での民泊を勧めるという番組があった。数名の中でひとりの中年女性が手を上げ、実際に欧米人の男性を民泊客として迎える、という内容だった。一人暮らしの、人の良さそうな女性の“楽しかった。これから、民泊を積極的に考えたい”の言葉で結ばれていた。あくまでカメラが入り、筋立てが出来た中での構成なので、今後の状態を担保するものではなかったが、どちらかと言えば性善説を是とする日本人の国民性の危うさを感じざるを得なかった。そしてこのほど、民泊利用のアパートで日本女性が殺害されたとのニュースが流れた。民泊していた米国籍男性が逮捕され、取り調べ中とのことだ。二人はSNSで知り合って、男の民泊先で会ったらしい。この事件が民泊に対する大きな警告でないことを祈るしかない。  

                     2018年3月1日                                                      

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顧客満足の複雑さ 110 「簡潔で丁寧な言葉の大切さ」

顧客満足の複雑さ110「簡潔で丁寧な言葉の大切さ」 間島 

年末年始のテレビ界は、番組の多くを取りだめ特番でしのぐ、という慣習があるらしい。テレビ界に生きる糧を置いている人達も、年末年始はゆっくりと休みたいだろうから、どうしても取りだめが必要となる。今年もわずかな生番組を除いては、殆どがすでに収録されたスペシャル番組だった。中にはなかなかに考えられた凝った内容のものもあるのだが、大体が同じような顔ぶれの似たり寄ったりの内容としか思えなかった。落ち着いて観たわけでもないので、そのことはどうでも良い。気になったのは、言葉の粗さと珍妙さであり、まともな日本語の喪失であった。

テレビから発せられる言葉使いの奇妙さには、かなり慣れてきたつもりだ。何故ならそれは、出演している芸人だけではなく、アナウンサーやキャスターまで浸透して、まるでその言葉が正しいかと錯覚を覚えるほどに氾濫しているからだ。例えば花に“水をあげる”、犬に“ご飯をあげる”という言い回しは、市民権を得たがごとくに常時聞かれる。先日、東京が寒波に襲われた時、ある局で、“明朝は氷点下になる恐れがあるので、水道管をあけておいてあげてください“と真面目顔で言ったときには、さすがにのけぞってしまった。水道管にも優しい言い回しが必要らしい。一方、ほっとするのは一般人の言葉で、農家に取材に行った際に聞こえてきた“犬への餌やりも大事な仕事だから”と、“植木の水やりは難しいのでね”は、とても自然で違和感が無かった。まだまだテレビに毒されていない人達もいるのだ。

丁寧さを勘違いして、最近は“○○の方”という言い方が一般的らしい。“外国人の方”“女性の方”“お年寄りの方”“中国人の方”“お子様の方々”と枚挙にいとまがない。“日本人の方”は英訳できるのか分からない。“ジャパニーズ“以外の言い方があるのだろうか。“犯罪者の方”や“不法滞在している方々“もその内、聞かれだすだろう。かといって優しさと丁寧さに満ちた言葉のみを話す国民性というわけでもなさそうで、“すげえ”“まじかよ”“死ね”“殺すぞ”などの言葉も氾濫している。まるで一貫性がない。飲食店でも、客からは“注文してもいいですか”“メニューブック見せてもらってもいいですか“などの珍妙な言葉がきかれ、店側からは”○○になります“の奇妙な言葉とともに料理を持ってくる。支払時にも“○○のお釣りになります”と、また理解不能な言葉が聞こえてくる。なぜ“○○をください”“メニューブックを見せてください”と言えないのか。店側も“○○お持ちしました”“○○円のお釣りです”と簡潔な受け答えをしないのか、頭が混乱してくる。

愚痴は止めよう。ときには、簡潔でかつ丁寧さを失わない言葉使いを聞くこともある。すべてに、きちんとした意味があり、伝達が明瞭で、しかもそこに個々人の良識を感じさせる言葉は、普遍的に日本の宝でもある。やはり言葉には誠実でありたい。そこに無礼や欺瞞やばか丁寧さを介入してほしくはない。仕事上とはいえ、一流ホテルや旅館で、美しい日本語を聞くこともある。ひいき目で言うのではなく、確かに覚えがある。仕事言葉ではあるが、参考にすべき慣習でもある。丁寧で美しい言葉は、無駄が無く、礼儀さを感じさせる。それが日本語の特徴ではなかったか。

 

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顧客満足の複雑さ 109 「滅私奉公に頼ると危険」

顧客満足の複雑さ109「滅私奉公に頼ると危険」 間島

 あけましておめでとうございます。今年も様々な事変や気象問題が起こると思いますが、そのときそのときの適切な対応で乗り切ることが出来ますように。 

訪日外国人観光客数の伸びが止まらない。郊外に住んでいると実感はあまりわかないが、ひとたび街中に出ると、場所によってはここは外国か?と思えるほどの状況を見ることも多い。売上増加に湧く業界にとっては、まさに恵みの雨どころか、笑いが止まらないに違いない。宿泊業界も恩恵を受けている業界のひとつだろう。ただ都市部と地方、ホテルと旅館との差異は歴然とあるようだ。

客室稼働率ひとつをとっても、最近のデータではシティホテルで78.7%、ビジネスホテルで74.4%、旅館で37.1%と、大きな開きがある。地域別では、全国1位の84.8%の大阪府と比べ、47位の長野県は35.4%で半分にも満たない。やはり稼働率の低さは収益効率にもろに響いている。ベースとなる経営手法の差異がもたらす影響も大きい。今や宿泊取引の7割はオンライン予約だが、力のあるサイト運営者への仲介手数料の高さで、うまく活用できていないところも多い。会計システムも、宿泊部門と飲食部門との区分別管理会計を採用せずに、旧態依然としたどんぶり勘定を続けていると、細部の分析や方策をたてるのも難しいのは明らかだ。 

さて、先日知人の縁で、新規オープンしたばかりのビジネスホテルに宿泊させてもらった。大阪南の一等地ともいえる場所なので、当然にターゲットは外国人観光客である。そこで感心したのは、無駄を排したコンパクトの追求と質の保持の共存だった。充分な広さと寝心地を提供しているツインベッドを中心にシャワーブースと洗面ルーム、別室のトイレルームのみが配され、それらすべてに、必要な備品類が内蔵されており、他のビジネスホテルよりも明らかに上質のもので揃えられている。無駄なものがないという点で、今まで経験したことのない次元のホテルだった。極めつけは朝食仕様で、殆どの食器備品に使い捨て素材を採用しているのには驚いた。食べ終えたゲストたちは、それぞれ用意されたボックスに皿や食べ残した料理を捨てていく。内容は洋風に特化していたが、ドリンク類や基本的料理、パンは数種類用意されていた。超コンパクトでモダンな部屋と共に、観光で忙しいゲストたちは充分に、満足するだろう。配膳サービスのスタッフ数は劇的に少なくて済む。洗い場も殆ど不要だ。このホテルの利益率はかなり高いものと思われる。 

他方、旅館はどうしても人の力、働く人のがんばりに頼りすぎる感がある。能力に個人差もあるが、お客さんに喜んでほしい、というおもてなし精神は、時として従業員を疲弊させ、結果として離職率を高めてしまう。複雑な旅館の仕事をITをうまく利用して簡素化し、作業の無駄を省きながら、料理を特化したり、部屋の構造を見直したりすることで、売り上げを倍増させた旅館もある。食材ひとつをとっても、在庫管理の徹底で無駄を排する努力も必要だろう。

                    2018年1月3日                     

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顧客満足の複雑さ 108 「歳末商戦とネット利用の影響内容」

顧客満足の複雑さ108「歳末商戦とネット利用の影響内容」間島 

正確なデータを取ったわけでは無いが、毎年歳末商戦が早く始まるような気がする。9月におせちの広告案内を目にしたときはさすがに驚いた。まだ暑さが残っている時期に、とてもとてもおせちの気分ではなかろうと。そして11月下旬に、おせちのパンフレットを物色して、いざ注文したところ、その商品は売り切れとの連絡が入った。人気商品だったらしい。他にも魅力的なおせちは充分に揃っているので、他商品に切り替えれば済む話だが、早い商戦の意味が分かる気がした。

とにかく、他社よりいっときでも早く売り切ることで、すべての効率化をはかり、資金繰りを立てることが出来る。特に年末の消費は手堅く確実に増大するので、早い商戦となるのだろう。そのうち、一年後の予約受付という笑えない事象も出てくるかもしれない。スーパーマーケットでも、すでに数の子の特設コーナーが出現しているし、デパートや家電業界も歳末商戦にかける意気込みは激しい。

世界的に見ても同様なのだろうが、米国では歳末商品を買い求める店への客の伸び足が昨年と比べて鈍っているらしい。ネット注文が増えているのだ。この傾向は今後も続くと思われる。直に商品を見て買物をする楽しみも捨てがたいが、人込みを嫌って自宅でのんびりと選べるメリットを取る人は確実に増えていく。少子高齢化社会にとっても、ネット経済は嫌が上にも自然に望ましい成長を遂げていくに違いない。そして、買い方のバランスが逆転したとき、小売店の販売構造は大きく変わらざるを得なくなる。利益構造の変化は言うに及ばず、根本的なありかたも変わる。従業員数も減少していく。今盛んに叫ばれている人手不足は解消される。対面販売が少なくなれば、それこそAIの出番だ。

さて、先の歳末商戦の影響をあまり受けないのが宿泊業界だろう。提供商品(部屋数)に限りがあるから、需要が勝るのは当然で、大小かかわらず、年末年始のホテル・旅館はほぼ満室状態で、しかも秋口から埋まっているところも多い。歳末商戦の必要は無いわけだ。ネットの影響も、簡便な注文スタイルとして良い意味で利用できる。ただし、ネットで予約が出来ても、宿泊という行為そのものは決して体験できない。そこが小売り店と大きく異なる。いわば体験が売り物なので、いくらネット社会が趨勢を誇っても、うまく利用すればいいだけのことだ。そう考えると、今後の宿泊業界の強さも見えてくる。もしかすると、より強くより安定した業界になるかもしれない。問題は、いかに利益を確保するかどうかで、当たり前のことだが、売上を上げるか、経費を減らすしかない。ゲストの満足度を低めることのない経費の節減は、改善の余地がまだまだ残っているだろうし、売上の増加も時流が味方している。ただその背景には、グローバルな先進的機能性と娯楽性の二者の力保持が必至となる。                                             2017年12月1日

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