顧客満足の複雑さ 94「引き算の美学」飲食担当 間島
断捨離に関するハウツー本を目にすることが多い。物にあふれ足の踏み場もない部屋が、プロの出番によって、すっきりと生活しやすい空間に変身する。見違えるばかりの変貌ぶりだが、元の木阿弥にもどる可能性も少なくないだろう。極端に乱雑な部屋に至った経緯は、メンタルな部分も複雑に影響しているはずで、単に物をかたづけられるノウハウを伝授されても、根本的な解決に至らないかもしれないからだ。
断捨離とは意味合いや目的は異なるが、最近、ミニマリストという言葉も良く耳にする。直訳すると“最少限主義者”となり、必要最低限の物で生きる人たちを指す。ミニマリストの生活ぶりを写真で見たことがある。そこには装飾品はもとより、タンス類やカーテンすらも無かった。人によって“最少限”の範囲も異なるだろうから一概には言えないが、個人的には何とも奇妙な住まいに映った。物や色が氾濫するなかで、生活の簡素化・単純化をはかるシンプルライフ志向は理解しやすいが、それとも異なる。かつて流行?した”菜食主義者”と同根の確固たる意志が働いているように思える。
両者ともに現代の過剰物品・過剰食品を全面拒否する姿勢に、いささかの極端さを感じるが、引き算的発想そのものには深く共鳴を覚える。そして、“引き算の美学”はすでに、様々な分野で浸透している。成熟した社会が行きつく世界観だと言えば言い過ぎだろうか。レストランでもその傾向は顕著に表れている。かつてフレンチレストランで見られた絢爛豪華な内装は姿を消し、いたってシンプルかつ上品なインテリアでまとめられた店が今や趨勢だ。備品にしても、華美な飾り皿から、一様に白い皿へと時代は変化した。白いレースのブラウスとロングスカート姿の女性が客を出迎えていたレストランは、今では白いシャツブラウスと黒のパンツにエプロンをつけた女性が立ち働いている。ビロード調の重厚な椅子が、軽やかな木製の椅子に席を譲ったレストランもある。勿論、シンプル化の傾向に反して、煌びやかさを誇るレストランも無くは無いが、少数派であるのは確かだ。
さて、流行は繰り返す、というが引き算の魅力が浸透しだした中で、かつての絢爛さがもてはやされる時代はまた廻ってくるのだろうか。色鮮やかな装飾品で飾られた大型宿泊施設の華美なロビーはまだ人を惹きつけ得るだろうか。人の生活自体の簡素化傾向を見るにつけ、提供側も客とのギャップを埋めざるを得なくなっている。逆に、豪華な目のくらむ内装で客を緊張させるレストランや宿泊施設が少しはあってもいいと思うのだが、実際に人気を集めるかどうかは分からないところだ。
2016年10月1日